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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

アルバイトから脳磁計の世界へ

カテゴリ:応用バイオ学科
2020.08.19
 

応用バイオ学科 樋口 正法 教授 大学時代には誰でもするアルバイト。でもコンビニやレストランのスタッフといった誰でもできる仕事が多いだろう。自分の専門を生かし、一生できる仕事につながるバイトに巡り合うという運の良い学生は少数派だ。樋口先生はその少数派の一人。どのようなバイトだったのか。そのいきさつを伺った。

――先生は新潟県立長岡高校から茨城県の国立筑波大学第三学群情報学類に進学されました。大学時代は何を研究されたのですか?

「僕は情報と言いながらプログラムを書くのは好きではないということもあって、アナログフィルターの研究をしてました。当時の筑波では中に入ってから工学か情報科学科、要するにハードかソフトに分かれたのだと思います」

――アナログフィルターとはあまり聞いたことがありませんが、どのような用途に使うのですか?

 「今はあまり使うことがないと思うのですが、コイルとコンデンサーを組み合わせて作るアナログ回路によるフィルターの設計方法です。例えばデジタルオーディオなどで、いろいろなアナログ信号をデジタル化するにしても、必ずデジタルにする前にアナログフィルターで、必要な周波数を取り出したり、要らない周波数をカットしたりするフィルターが必要なのです。

 それを小型化したり、特性を良くしたりする、どちらかと言えば地味な感じの研究です」

――それで大学院まで進まれます。

 「研究職に進みたかったので、やはり大学院まで行ったほうが良いと思ったのです。それで研究室に入ったら、そこで先輩から代々引き継がれていた、電総研の実験補助的なアルバイトがあって、それをやることになりました。

 電総研は電子技術総合研究所の略で、現在は産業技術総合研究所、産総研というのですが、日本のエレクトロニクス研究の総本山のようなところです。それが同じ筑波研究学園都市にあったということがラッキーだったのです。

 最初は、色々な回路のハンダ付けの手伝いなど雑用をしていました。何しろ学生のバイトですから。そのうち賀戸 久先生がどこからか電総研に戻ってこられて脳磁計の研究をすることになったのです」

――脳磁計というと脳の磁力を測るのですか?

 「はい、そうです。脳磁計は脳の中のごく微弱な磁力の変化を観測して脳のさまざまな研究をするための計測器です。CT やMRIは人体の形状から病変を診断しますが、脳磁計は脳の神経活動から起きる磁場変化を微細に計測できるのです。

 すごく弱い磁場を測るので、昼間だと車やいろいろな機器が動いていて、計測の邪魔になります。そのために、夜中に観測しなければならないのです。当時、賀戸先生が狙っていたのは、すごく脳の深いところから出る信号なので、レベル的にはすごく小さいのです。」

――それで、夜中でも大丈夫な学生アルバイトが被験者となった?

 「はい。私なら夜中に来れますと(笑)。人が音を聞くと、耳から入った音は、最初は脳幹から入って最後は大脳皮質へ行きます。とにかく、すごく弱い信号なので、1回ポッとやって取れるようなものではなく、長い時間、音を聞いていて、何万回か加算平均してやっと出てきます。当時としてはまだ誰も測った人はいなかったのです。」

――それは大変な実験ですね。

 「やはり長い時間なので起きていると耐えられない。じっとしていなくてはいけないので、寝て行います。終わると顔に測定器具の跡が付いていてなかなか取れなかったです(笑)。

 "今日もダメか"、終わった頃には夜が明けていて、"じゃ、もう帰ります"。その繰り返しでした。でも、なんとか取れるようになって、学会は新聞に発表もして、電総研の脳磁計はすごいと評判になったのです。」

――被験者になった甲斐があったわけですね。

 「それで、賀戸先生が有名になられて、これは行けそうだ、脳磁計は有望だ、みたいな事になりました。当時、いろいろな企業から研究者が、実習生として電総研に集まってきました。本格的にセンサー作りをやりましょう。さらにきちんとして会社を作ってやりましょうとなり、超電導センサー研究所ができました。」

MITに設置された脳磁計――樋口先生はそこに入られた?

 「私は一旦、民間会社に入って脳磁計から離れるのですが、やはり脳磁計の技術に関わりたいと賀戸先生に相談して、超電導センサー研究所に出向という形になりました。そこで私はデータ解析、データ処理などを担当させてもらいました。」

――1995年からKITにいらっしゃいますが、どのようなご縁で。

 「超電導センサー研究所は国のプロジェクトだったので、何年かで終わることになっていました。そこでKITが賀戸先生と私を含め、脳磁計関連の4人を一緒に引き受けてくれたのです。」

MITに派遣される

――なるほど、KITとしては優秀な研究者のグループが一挙に手に入るわけだ。今度は米国のMIT (マサチューセッツ工科大学)に行かれますね。

 「KITで脳磁計を独自に開発していたら、MITの言語学の先生が興味を持たれまして。是非、言語学の実験に使ってみたいと。それで、我々がずっと面倒を見て、使い方やメンテなども教えたのです。私はちょうどMITに1年間いました」

――先生はKITで長い間、脳磁計専門の研究者として過ごされてきましたが、2018年から独自の研究室を持たれ、学生の授業を担当することになったのですね。学生にはどのようなことを教えているのですか?

 「応用バイオ科なので、学生さんのフィールドというか関心とは離れている部分もあるので、データの集め方、分析法などを教えられればと思っています。数学や信号処理などの難しいことを知らなくても出来ることです。

樋口先生が派遣されたMIT――脳磁計とは少し離れる?

 「ええ、でもいろいろ話を見いてみると脳情報などに興味を持つ学生もいるのです。脳関連の先生が少なくなってきているので。そのような学生たちに協力してもらって人を使った研究もしてみたいなとも。せめてKITの学生さんたちには脳磁計とはどういうものなのか知ってもらいたいと思っています」

 ずっとKITに所属しながら脳磁計の専門家として教育とはほとんど縁がない立場にいた樋口先生。KITの中でもユニークな存在だ。新鮮なアプローチで学生を指導することで刺激を与えそうだ。

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