2016.08

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

応用バイオ学科 の最近のブログ記事

 応用バイオ学科 坂本 香織 准教授坂本先生は高校時代、文系科目が得意で友人に理系と思われていなかったという。その「隠れ理系」がいかにしてバリバリの理系研究者になったかの裏には興味深いストーリーが隠されていた。 

----先生は神戸女学院高校から神戸大学理学部生物学科に進学されました。1995年1月17日の阪神淡路大震災の時はどこにおられたのですか?

 「総合研究大学院大学博士課程の3年で、その頃、愛知県岡崎市の国立基礎生物研究所に籍をおいていました。1月10日に博士論文を提出していたので、一瞬、実家に帰ることも考えたのですが、ずっと論文で書き物をしていたから、実験もしなくてはと共同研究先の東京大学に行こうと決めていました。愛知も多少は揺れたはずですが、早朝なのでぐっすり寝ていて全然気がつきませんでした。神戸が大変なことになっていると連絡頂いて初めて知りました。

 でも、もし帰っていたらすごくやばかったです。実家は明石なので神戸ほど被害はなかったのですが、私の部屋は2段ベッドで、本棚がちゃんと固定していなかった状態だったので、それが倒れてきてベッドはつぶれていました」

----それは運が良かったですね。あの震災で神戸大では学生さんだけで39人も亡くなられていますから。先生が生物系に進まれたのは生き物が好きだったのですか?

 「私は高校のとき、みんなにあまり理系と思われなくて。古文や歴史とかの成績が良かったもので(笑)。隠れ理系のような。興味があったのは生態系のようなものですね。森林とでもいうのかな。そのような所で植物たちが競争して、どんどん変化して行くような植生とかマクロな研究したかったのです。当時DNAなんか見ても全然ピンとこなくて(笑)。それで亜熱帯の森林を見にいったりしました。

 父親に言ったら"そんなことをしているなら、俺はもう金を払わん"と言われまして、では近場でということで神戸大に入ったのです。

 神戸大にはそういう植生の専門で私と話があうような先生がいらっしゃらなくて、逆に教養過程の微生物の先生と仲良くなったりしました。

 私はすごく鈍くさいというか、教養では中国語のクラスだったのですが、そこでは理学部だけでなく農学部の学生も一緒なのです。そのようなクラスで基礎生物実験の授業で解剖があります。農学部の学生たちは早く終わらせたいのでサッサとネズミさんをばらしてチャーッと帰っていくのです。

 でも私はかわいそうというのもあるのですが、せっかく死んだのだからちゃんと見てあげなくてはと丁寧にやって、きれいにスケッチして、終わって顔を上げたら"あれ?誰もいない"みたいな。そんなのでビリになると、授業を担当している先生が、じゃあ一緒にネズミを埋めようかみたいな話になったりしたのです。その先生に免疫の本の輪読会などで教わっているうちに、小さいミクロの世界も悪くないなと」

----修士ではどんな研究をしたのですか?

応用バイオ学科 河原 哲夫 教授 今でこそ、医療にとって工学との連携は当たり前のことだが、河原先生が大学院を出られた約40年前はまだ珍しかった。先生は工学部から医学部の助手になるという当時としては稀な道を先駆者として歩んでこられたという。

----先生は早稲田の応用物理のご出身です、元々は何の研究をされていたのですか?

「光関連の研究室にいたのです。4年の時はホログラフィーをやっていました。昔の卒業研究でホログラフィーを撮ろうとしたのですが、すでに色々な所で使われているので、ただ撮影するだけでは面白くないと思っていました。たまたま眼科の先生から眼底写真というのは暗箱の中を写すのと一緒だから結構難しいのですよという話をうかがったのです。そこで、眼底写真、眼底のホログフィ--を撮影してやろうかと」
 
----ホログラフィーとは簡単に言えば立体写真のことですよね、すると、眼底が立体的に浮き上がって見えるのですか。

 「中の血管の交差状態とかもきれいに見えましたし、1枚の写真で目の奥の眼底と瞳の虹彩、20何ミリ離れていますが、全部写っています。きれいに撮れたと喜んだのですが、それはそれで終わってしまった。解像度は悪かったりして利用が進まなかった」

----それでも、目の研究を続けられた。

 「目のことを調べているうちに、目の機能のほうが面白くなって、それで修士から目の機能を計測したりしました。その頃はファィバーオプティクス、胃カメラなどの出始めでしたので恩師の先生もその方面に興味を持っていました。

 恩師ご自身は目の研究は行わなかったのですが、視覚は重要だということで、私の5年先輩で目を専門にしている人が助手として研究室にいたのです。早稲田は古い大学のせいか、あまり手取り足取りでああせい、こうせいとか言われない研究室でしたので、相談するけれども、実際はみんな自由にまかせてみたいな感じでした」

----それで、早稲田を出て東海大医学部に行かれます。これは珍しいケースですよね。

 「ええ、それは珍しかったですね。ちょうどドクターが終わる頃に、順天堂大学医学部の眼科に有名な先生がいらして、そこでいろいろな装置の計測をしていたのです。その先生に大学に残りたいと相談したところ、東海大学医学部の病院の眼科を紹介していただいたのです。医学部はできたばかりで、眼科の新しい教授もちょっと変わったことをしたかったかもしれないのです。僕自身も面白かったです」

応用物理から目の研究へ進まれた河原先生----東海大医学部で2年半勤め、次は工学部に行かれます。

 「ええ、光学工学科のほうへ異動します。眼科の先生にはここは臨床だから医学部出身でないと上に行けないので、早いうちにどこか探して出てっていいよと言われていました(笑)。ただ、2年くらいは、ここにいてねとも。

 たまたま同じ東海大工学部の光学工学科に早稲田の先輩がいて、ちょうど空いたからおまえ来ないかという話がでて。眼科の先生も同じ東海大なら用ができたら来てもらえるから、それは良いということになったのです」

----光学工学科というのも他の大学に比べてかなり早いですね。

応用バイオ学科 小田 忍 教授 アオカビから抽出した抗生物質のペニシリンを始めとして今まで人類はカビをうまく利用してきた。しかし、小田先生によると、カビはもっと広範囲に利用出来る可能性があるという。その背景をうかがった。

——今、何故カビなのですか?

 「カビは細菌や酵母より高等な微生物です。遺伝子や菌種の多様性が非常に大きいので、まだ見つかっていない有用なものがたくさんいます。発酵、酵素生産、微生物変換、さらには有害物質の分解除去まで利用できます。幅広い産業に利用することができるので、カビは最強のポテンシャルを持つ微生物であると考えています」

——研究室の紹介記事に「カビの培養は難しく、その利用は限られていた」と書いてありますが、素人考えではカビはモチなどにすぐ生えてくるので培養は簡単そうですが。

 「日常生活のカビと工業利用のカビはスケールが違います。普通の工業生産ですとタンク培養です。タンク培養というのは、水の中に培地成分とよばれる餌が入っています。それにカビを植えて攪拌しながら培養するのです。カビが増えてきて形が1~2mmのビーズ状にうまく揃えば良いのですが、そうならず塊になってしまう事があるのです。あるいは菌糸という目に見えない細胞が糸状に増え続けると培地自体がどろどろになって攪拌できなくなってしまうこともあります」

——なるほど工業レベルの規模での培養は難しいということですね。

 「はい。そうです。カビが増えないと困ります。しかし、うまくビーズ状に形が制御できれば良いのですがそれが難しいのです。実際、企業にいた時、私が直接かかわってはいないのですが、タンク培養でビーズ状にならず、どろどろになって莫大な損をしたことがあります。医薬関連だとコストが高いですから」

——そうした欠点を克服してカビを大量に培養するために新型のバイオリアクター(生物を利用して生化学反応を行う装置)を開発しているのですか。

 「まず液体培地という、栄養が水にとけている層があります。その中に中空微粒子という、非常に軽くて、あっという間に浮いてしまうポリマーの微粒子を入れます。これが浮くことで、培地の中のカビを全部引っかけて培地の上で増殖させるのです。放っておくと微粒子を取り込んだ非常に強いカビのマットができます。

 さらに、その上に有機溶媒をのせます。これがうちの売りでもあります。微生物は普通、有機溶媒があると死んでしまいます。毒性があるので。うちのシステムですとカビが元気な状態で、発酵生産もするし、バイオコンバージョン(微生物変換)もするのです。こうしたバイオリアクターを3種類、開発しています」

——どうしてカビが死なないのですか?

応用バイオ学科 尾関 健二 教授 日本を代表し象徴する鳥、国鳥はキジだ。国蝶はオオムラサキ。では「日本を代表する菌類、国菌は何か?」と聞かれて即答できる人はまだ少ないのではないか? 答えは麹菌。2006年に日本醸造学会大会で認定されたという。日本酒、みそ、醤油といった日本の醸造食文化になくてはならない菌なので当然と言えば当然である。尾関先生は大学院修了後、大手酒造メーカーの大関酒造に入社以来、この麹菌と関わってきた。

——どうして酒造メーカーに入いられたのですか?

 「私は出身が名古屋なので、知らない関西にもなじんでみたいと。たまたま早めに就職の募集がありましたので応募しました。大関は灘の蔵元で創立1711年ですから来年は300周年になります。景気が良かった280周年は全社員集めてハワイに行ったこともあります。
 
 日本酒の製造法は極めて複雑で、麹菌を入れて麹を作る工程と、それから作った麹と蒸し米とを一緒にして酒母(しゅぼ)という、こちらは酵母を純粋培養したようなものとを一緒に混ぜるようにします。米のでんぷんを麹菌の持っている酵素で溶かしているのです。

 要するに麹菌を生やして麹を作り、それから酵母でアルコール発酵する。でんぷんをブドウ糖まで酵素分解したものを、酵母が栄養として取り込んでアルコールと炭酸ガスをつくる。少しづつ並行しながら糖化と発酵をやって行くので、並行複発酵といわれる日本酒独特のものです。そこで麹が重要となるのです」

——酒造メーカーとしては良い麹菌を見つけるため研究するのですか?

 「麹菌はどちらかというと麹菌の業者から購入するのです。専門用語でいうと種もやしと呼び、業者はもやし屋さんといいます。日本酒用、みそ・醤油用、焼酎用という麹を育成して純粋培養した胞子を売っています。各メーカーは自分の会社でもやしをつくるところも中にはありますが基本的にはそういう種もやし屋さんから購入してきます」

——しかし、生物に任せるわけだと、毎年同じ味のお酒を作るというのは難しいでしょうね。

 「ええ、米によっても違います。今年の米は非常に溶ける米だったそうです。毎年、最初の造りというのが大体9月か10月。規模によって違いますが、今年の米がどういう性質なのか調べます。麹が作りやすいのかどうか、蒸すとどういう性質になるのか。お酒を仕込むときは普通の米もたくさん入れますので、その米がよく溶けるのかどうかというようなことです。杜氏さんは最初はかなり神経質になっています」

——そのような時に先生のような研究者がアドバイスするということですか?

 「そうやって現場にフィードバックするような新しいお酒の仕込み方とか、あるいは現場で使えるような酸の多いような酵母とか、ちょっと変わったタイプのお酒用にアルコール発酵能力が強い酵母とか、そういうのを少しづつ育種改良していくという技術はもちろんございます。

麹菌について説明する尾関教授 灘、伏見の大手の酒屋さんはある程度、そのような目的のために研究者を入れ出したのです。総合研究所という名前がついたのが大関が最初でした」

——先生はそこで研究の統括リーダーも務められ、産、官、学の麹菌ゲノムプロジェクトに大関代表として参画されたのですね。

 「はい、この麹菌ゲノムプロジエクトはヒトのゲノムプロジェクトと同様に、麹菌の全遺伝子情報を読もうというものです。醸造協会、産業技術総合研究所、製品評価技術基盤機構などが入り、2005年12月に解読に成功しました。ただ、その遺伝子がどんな役割をしているのか分かっていないのが、まだ3分の1とか半分くらいもあるのです。

 KITのこのゲノム生物工学研究所のことは私は知らなかったのですが、不思議なご縁で来ることになりました。今まで関わってきた麹菌のゲノム情報を利用してどのように産業利用に結びつけるかということを企業と連携して進めています。」

——具体的にはどんな研究開発が進められていますか?

応用バイオ学科 袴田 佳宏准教授納豆は人類を救う!

 ウエッブで「納豆」を検索していたら「納豆学会」という「ハーフ・シリアス、ハーフ・ギャグ」と自称する"学会"のホーム・ページが出てきた。学術学会ではなく、かといって「トンでも」系でもない、新潟県の熱心な納豆ファンによる納豆私設応援団のようだ。この学会のキャッチフレーズが「納豆は人類を救う!」

 バイオ・化学部応用バイオ学科の袴田佳宏准教授の納豆菌の研究はうまく行けば、人類とまで行かなくても日本人を救うことになる。袴田准教授は納豆菌を大量に培養して飼料として利用することを目指しているからだ。

 今、世界的に家畜の飼料が高騰している。影響を受けてスーパーや食肉店の豚肉や牛肉が確実に値上がりしている。食肉を取った後の動物の体を粉砕してつくる肉骨粉などの動物性飼料はBSE問題などで使用量が減少している。一方、植物性肥料の元となる穀物はバイオ燃料としての需要が高まり、価格が高騰してしまっている。日本は飼料をほとんど輸入しているのでリスクを負ってしまっている。どこの国も自国優先だ。この先、天候不順などで日本がいくら金を出しても飼料が入手できなくなる可能性は高まるばかりだ。

 しかし、納豆菌を大量に培養できれば安全で安心な飼料を自国でまかなえることになる。

――なぜ納豆菌に目をつけられたのですか?

 「金沢工大に来る前、18年間、花王の研究所で洗剤に入れる酵素の開発をしていました。酵素は枯草菌(こそうきん)という細菌に作らせるのですが、この菌体が大量にとれるのですが使った後は廃棄されています。

 何かに利用できないかといつも思っていました。メーカーではそのような研究はできませんので、金沢工大に来て研究しようと考えたのです。納豆菌は枯草菌の仲間というか親戚みたいなものです。枯草菌の培養技術を生かして納豆菌を安く大量に取れれば肥料や家畜用の飼料になります」

――どうやって増やすのですか?

 「納豆は安全な食品で千年以上食べられています。市販納豆の1パック中に菌は数十億個もいます。栄養源は高価では意味ありません。今は近くの納豆メーカーから大豆の煮汁をもらってきています。

 大豆の煮汁はとろみがあって、ものすごい栄養価があります。この煮汁の中で大量に培養したあと乾燥して破砕します。問題はコストでより安く作るのが課題です。そのためにはより増殖しやすい変位株を見つけることが重要となります。」