小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

2009年06月 アーカイブ

メディア情報学科 永瀬 宏 教授 KITには06年に完成した「情報フロンティア研究所」がある。名前だけ聞くとITの最先端を追求する研究所のように思えるが、ITを駆使して先進的介護医療を提案するのが狙いという。ITはあくまで手段で、来たるべき超高齢化社会に備えるのだ。

 永瀬教授は長い間、NTTで基礎研究に携わり91年からKITに来られ、現在、この研究所の所長だ。

――ITを使った先進医療というとまず病院を考えますが。

 「病院には大きな情報システムがもちろん入っていますし、大型計算機、電子カルテ、パソコンも膨大な数が入っているのですが、どうしても病院の中でクローズしていて外との連携はまずないです。

 医師不足なので、ある病院の先生が別の病院に来ていたりと、お医者さん同士の交流はあるのです。流動的に動いています。ところが患者さんが、ある病院から出て他の病院に行く時、カルテが電子化されて共有されれば便利なのですがまだできていません。できるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。」

――それは残念です。何かとっかかりはないのですか?

 「できそうなところから始めようということで、この前までやっていたのは病院と薬局の電子化です。病院から出る院外処方箋にQRコードを付けて、薬局はそのコードで調剤します。QRコードは携帯電話や航空券などで情報のやり取りに使っている2次元コードです。これを付けることで事前にファックスをしなくてもすみます。薬局ではパソコンで情報をパッと読み取って間違いなくすぐに薬を出せます。このパソコンと連動して粉薬を自動的に調合する機械もあるのです。」

――当然、それは実用化されたのですね。

情報工学科 竹島 卓 教授 今から20年以上前、新聞社で科学部の記者をしている頃、「東工大で面白い授業をしているらしいから取材して来い」と上司に命令されたことがある。

 授業は学生達のグループに課題を与え、その結果を一堂に集めてコンテストを行うというもの。その時の課題は「乾電池1個で人間の乗れる乗り物を作れ」だったと記憶する。ある学生グループは乾電池の電圧を上げるために1個の電池を4等分の輪切りにしたりして、その発想の斬新さに感心した。学生たちにアイデアを競わせるという授業自体もとてもユニークで面白い記事を書くことができた。

 この授業こそ、実は世界中に広がったロボコンの原点なのだ。この授業の生みの親は当時、東工大の教授だった森政弘氏(現・名誉教授)。森氏は日本の自動制御、ロボット工学の第一人者。竹島教授はこの森研究室の出身だ。

――当時、竹島先生は何を研究していたのですか?

 「ロボットの人工の手足、それも専ら足の制御をやっていました。森先生はお元気で今でも自在研という私設の研究所をずっと続けておられます。和魂洋才で最近は仏教の研究に力を入れておられます。かなり先生の影響を受けていると思いますが、ああいう発想豊かなとこまではとても追いつきません」

――就職して入った富士通でもユニークなところに配属されましたね。

 「国際情報社会科学研究所という富士通株式会社の中に作られた研究所です。日本のコンピュータの草分けとなった池田敏雄という有名な人と当時の富士通の社長などが、高名な統計学者である北川敏男さんを招聘して所長に迎えて設立しました。

 "社会科学"ではなくて"情報社会"を科学する研究所と言う意味で、今で言う大学院大学のようなものを目指したようです。企業の中にありながら、直接のしがらみはなく情報化社会というもののありようを基本的に考えるという非常にアカデミックなとこでした」