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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

2019年11月 アーカイブ

機械工学科 田中 基嗣 教授 田中先生は、元々、機械工学科で複合材料の基礎研究をされていた。最近はそれに加えてバイオマテリアル、バイオメカニクスなど生体関連の研究もされているという。二つの異種領域にまたがる、最もイノベーションが期待できる分野の一つだ。

――先生は奈良県の進学校で有名な東大寺学園高校のご出身です。私はこちらの卒業生には初めてお会いした気がします。やはり東大寺の近所にあるのですか?

 「はい、元々は東大寺の南大門を入ってすぐ左側にあったのですけれど、狭くて不便なので、私が高校に行く頃は高の原という山の方の広い所を買って、そちらの方へ移っていました。

 東大寺が運営をしているというか、理事の方に僧侶がいらっしゃる。学校の運営には全く口出しはされないのです。スパルタ教育ではと思われる方がいらっしゃいますが、かなり緩いところです。当時は、雨が降ったら生徒の半分は登校しません(笑)。放っておいてもみんな勉強するので」

――京都大学の機械工学科に進まれますが、何かきっかけはあったのですか?

 「数学や物理は元々好きでした。中学生の頃、友達がテレビのF1中継を見はじめまして、それに影響されて自分も見始めて、面白いなと。時々、メカニックに日本人がいたりして。格好良いなと思い始め憧れました。」

――順調に大学院まで行けたのですか?

 「学部でそれなりの勉強はしたのですけれど、マージャンにも熱中してしまいました(笑)。5~6人の友人グループがあったのですが、マージャンは4人なので1~2人余るではないですか。ゲームで負けた人がレポートの課題をやり、残りの友人に教えるというルールにしたのです。必死で勝ちに行くのですが、負けたら仕方がないから一生懸命勉強して、みんなに教えられるようにしました。意外とマージャンも勉強も両方できたりして(笑)。」

実験設備をチェックする田中先生――修士ではどのような研究を?

 「学部4年で研究室に入った時に複合材料の研究をしているところに入りました。最初はセラミック繊維というものです。

 ジェットエンジンのブレードとか発電に使うタービンのブレードとかは、耐熱性のある金属を冷却システムを使って冷やしているのです。材料そのものに耐熱性がもっとあれば、もっと高温で使えて効率が上がるわけです。

 そうなるとセラミックぐらいしか候補がないのです。セラミックはお皿などと一緒でちょっと傷があれば割れてしまいますよね。ブレードが割れたら大変なことになります。けれど、それに繊維を入れることによって、亀裂が来ても繊維の方向に逃がすというか、一気に割れないようにする複合材料があったのです。」

――簡単に言うと高温にもショックにも強い材料ですか?

 「そうですね。そのような新しい材料が出てきたので、当時の恩師から"田中君、新しい材料をある会社がくれると言っているから、引っ張り試験をやってみないか"ということになりました。そんな材料は高温の炉などすごい設備がいるので研究室では作れません。企業との共同研究のおかげです。この研究は博士課程まで続きました。」

――京都大学の助手から07年KITにこられました。何か縁があったのですか?