小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

2010年11月 アーカイブ

建築デザイン学科 山崎 幹泰(やまざき みきひろ)准教授 2010年は710年に奈良の都「平城京」が誕生して1300年ということで、奈良では数多くの式典や記念展覧会が行われた。奈良を代表する建築といえば東大寺の大仏殿だろう。その大仏殿に鉄骨が使われていることをご存知だろうか?山崎先生は早稲田大学時代にその事実を発見して修士論文にしたという。

——どうして建築史を研究することになったのですか?

 「高校時代、ものを作ることが好きで大学は理系を目指していたのですが歴史も好きでした。いろいろな大学のパンフレットを見ていたら建築学科だけに歴史の課目があることに気がつきました。例のテレビに良く出てくる考古学の先生がいるから、早稲田に行けば海外でいろいろな発掘の調査に行けるかもしれないというくらいの感覚でした。

 でも、いざ入学したらエジプトの調査は終わってました。替わってカンボジアやベトナムの遺跡の調査が始まっていましたが、私は結局かかわらずに、研究室が出張している間に日本で留守番して、日本建築をやるようになってました」

——日本建築の中でもどの分野を?

 「大学院で研究を始めた時は文化財保存について興味がありました。将来は社寺建築の修理などをしようかと思ってました。そのうち社寺建築の歴史に興味を持ち出したのです。社寺建築といっても、奈良や鎌倉ではなく、ずっと新しいところです。明治以降のお寺や神社というのはあまり研究されていなかったので」

——それは良いところに目を付けました。

 「明治以降は新しくて価値がないと思われていたのです。それで修士論文のテーマとして東大寺の大仏殿で明治時代に行われた大規模な修理について調べ出しました。すると、その修理は鉄骨を使った、当時としてはものすごく変わった例であることがわかりました。その時の図面とか史料も見つけることができて論文としてまとめることができたのです。修論としては頑張ったと評価されまして、本格的な研究の道に入っていくことになりました」

——その史料はどこにあったのですか?

 「東大寺は一部門として東大寺図書館という図書館を独自に持っていて一般にも開放しているのです。ただ、そこでも皆さん古いところは一生懸命調べていますが近代以降の史料はあまり調べられていません。そこを調べたら、たまたま見つけたのです。
 
 当時はいろいろな計画案があって、やはり大きな建築ですので、それをどのように修理しようかということをいろいろ検討したらしいのです。最初は和風の案と洋風の案とがあったのですが検討した結果、両方とも不採用にしました。さらに検討した結果、中に鉄骨のトラスを組んで、それを外からは見えなくするという案になったのです。
 
 論文を書いたときにはもちろん見る機会はなかったのですが、後で見る機会があって大仏殿の屋根裏に上がらせていただきました。大きな空間に鉄の橋みたいのが架かっていて感動しました」

学生を連れ町中を走り回る

——まさか、そんな“鉄の橋”が大仏様の上に架かっているとは思いませんよね。それで研究の面白さに目覚めたわけですね。

応用バイオ学科 尾関 健二 教授 日本を代表し象徴する鳥、国鳥はキジだ。国蝶はオオムラサキ。では「日本を代表する菌類、国菌は何か?」と聞かれて即答できる人はまだ少ないのではないか? 答えは麹菌。2006年に日本醸造学会大会で認定されたという。日本酒、みそ、醤油といった日本の醸造食文化になくてはならない菌なので当然と言えば当然である。尾関先生は大学院修了後、大手酒造メーカーの大関酒造に入社以来、この麹菌と関わってきた。

——どうして酒造メーカーに入いられたのですか?

 「私は出身が名古屋なので、知らない関西にもなじんでみたいと。たまたま早めに就職の募集がありましたので応募しました。大関は灘の蔵元で創立1711年ですから来年は300周年になります。景気が良かった280周年は全社員集めてハワイに行ったこともあります。
 
 日本酒の製造法は極めて複雑で、麹菌を入れて麹を作る工程と、それから作った麹と蒸し米とを一緒にして酒母(しゅぼ)という、こちらは酵母を純粋培養したようなものとを一緒に混ぜるようにします。米のでんぷんを麹菌の持っている酵素で溶かしているのです。

 要するに麹菌を生やして麹を作り、それから酵母でアルコール発酵する。でんぷんをブドウ糖まで酵素分解したものを、酵母が栄養として取り込んでアルコールと炭酸ガスをつくる。少しづつ並行しながら糖化と発酵をやって行くので、並行複発酵といわれる日本酒独特のものです。そこで麹が重要となるのです」

——酒造メーカーとしては良い麹菌を見つけるため研究するのですか?

 「麹菌はどちらかというと麹菌の業者から購入するのです。専門用語でいうと種もやしと呼び、業者はもやし屋さんといいます。日本酒用、みそ・醤油用、焼酎用という麹を育成して純粋培養した胞子を売っています。各メーカーは自分の会社でもやしをつくるところも中にはありますが基本的にはそういう種もやし屋さんから購入してきます」

——しかし、生物に任せるわけだと、毎年同じ味のお酒を作るというのは難しいでしょうね。

 「ええ、米によっても違います。今年の米は非常に溶ける米だったそうです。毎年、最初の造りというのが大体9月か10月。規模によって違いますが、今年の米がどういう性質なのか調べます。麹が作りやすいのかどうか、蒸すとどういう性質になるのか。お酒を仕込むときは普通の米もたくさん入れますので、その米がよく溶けるのかどうかというようなことです。杜氏さんは最初はかなり神経質になっています」

——そのような時に先生のような研究者がアドバイスするということですか?

 「そうやって現場にフィードバックするような新しいお酒の仕込み方とか、あるいは現場で使えるような酸の多いような酵母とか、ちょっと変わったタイプのお酒用にアルコール発酵能力が強い酵母とか、そういうのを少しづつ育種改良していくという技術はもちろんございます。

麹菌について説明する尾関教授 灘、伏見の大手の酒屋さんはある程度、そのような目的のために研究者を入れ出したのです。総合研究所という名前がついたのが大関が最初でした」

——先生はそこで研究の統括リーダーも務められ、産、官、学の麹菌ゲノムプロジェクトに大関代表として参画されたのですね。

 「はい、この麹菌ゲノムプロジエクトはヒトのゲノムプロジェクトと同様に、麹菌の全遺伝子情報を読もうというものです。醸造協会、産業技術総合研究所、製品評価技術基盤機構などが入り、2005年12月に解読に成功しました。ただ、その遺伝子がどんな役割をしているのか分かっていないのが、まだ3分の1とか半分くらいもあるのです。

 KITのこのゲノム生物工学研究所のことは私は知らなかったのですが、不思議なご縁で来ることになりました。今まで関わってきた麹菌のゲノム情報を利用してどのように産業利用に結びつけるかということを企業と連携して進めています。」

——具体的にはどんな研究開発が進められていますか?