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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

2018年01月 アーカイブ

電気電子工学科 池永 訓昭(いけなが のりあき)准教授 池永先生はKITで修士を終えられた後に、地元金沢市の優良企業・澁谷工業に勤務するも、どうしても子供の頃の夢の研究者になりたくてまたKITに戻ってこられた。今でも原子1個、1個をコントロールして新材料を作る研究で夢を追い続けている。

――先生は大阪のご出身でKITにこられたのは何か理由があったのですか?

 「大阪にいると金沢工業大という名前は当時、全然聞こえてこなかったのですよ。だけども、大阪には大阪産業大学とか大阪工業大学などいろいろあって、大体みんな行くところが決まっているのです。それで何か面白みがないなという感じで。でも、関東、東京は人口が多いのでしんどそうだとも。やはり、金沢あたりが来やすいかなと」

――理系だったのですか?

 「もともと中学生の頃から研究者になりたかった。機械いじりとかいろいろやっていた。イメージしていたのは科学者が白衣を着ていろいろやっている感じ。鉄腕アトムのお茶の水博士のような(笑)。でも教員になろうとは全く思っていなくて。一応、会社に就職したのですけど、白衣を着ているというよりは作業服を着て油まみれになっていたというのが実情でした」

――入社された澁谷工業はどのような会社ですか?

 「金沢に本社があるボトリング機械の会社で、大体、身の回りにあるビン詰めされているものはほぼ国内トップシェアです。ペットボトルのお茶、コーラなどを充填する装置の国内シェアが70~80%もあります。

 もともとは醤油のビン詰からスタートして日本酒になって、最近では清涼飲料水ですけれども。その他にもマヨネーズやケチャップなどいろいろなものを。最近では製薬設備の薬の搬送も含めて全部自動でやるとか。また力を入れているのが再生医療方面のプラントなども」

――先生はその会社で何を担当されたのですか?

 「もともとはそういうビン詰以外に何か新しいことをやろうと、メカトロ事業部というのが立ち上がったのです。半導体の工程や医療機器も始めたのです。その中の一つにレーザーがあったのです。実はその頃、日本国内でレーザー発振器を作れる会社はなかったのです。その後、独自のレーザー発振器というのを初めて作ったのが澁谷工業だったのです」

「子供の頃から研究者になりたかった」という池永先生――それはすごい技術力です。

 「私が会社に入ってすぐにやったのがプラズマを使ったレーザー発振器です。最近では固体の発振器が使われていますが、溶接や鉄板の切断などは全部CO2レーザーです。

 後、私が関わったのは会社としていろいろやってみたいということもあったので、いろいろな提案をしました。その中の一つはペットボトルの内面にコーティングしてガスが抜けないようにするというものです。そうすればビールの入れ物にペットボトルが使えてとても便利なのですが」

――でも、コーラやサイダーはすでにペットボトルがあるのでは?

 「コーラなどは少し抜けてもいいように最初から高圧の炭酸ガスをわざと入れているのです。ところがビールをそうすると劣化が激しく味が変わってしまうのです。もう一つ、紫外線からバリアしないといけない。牛乳も同じです」

――個人的にはペット入りのビールがあるとありがたいです(笑)。