納豆は人類を救う!
ウエッブで「納豆」を検索していたら「納豆学会」という「ハーフ・シリアス、ハーフ・ギャグ」と自称する"学会"のホーム・ページが出てきた。学術学会ではなく、かといって「トンでも」系でもない、新潟県の熱心な納豆ファンによる納豆私設応援団のようだ。この学会のキャッチフレーズが「納豆は人類を救う!」
バイオ・化学部応用バイオ学科の袴田佳宏准教授の納豆菌の研究はうまく行けば、人類とまで行かなくても日本人を救うことになる。袴田准教授は納豆菌を大量に培養して飼料として利用することを目指しているからだ。
今、世界的に家畜の飼料が高騰している。影響を受けてスーパーや食肉店の豚肉や牛肉が確実に値上がりしている。食肉を取った後の動物の体を粉砕してつくる肉骨粉などの動物性飼料はBSE問題などで使用量が減少している。一方、植物性肥料の元となる穀物はバイオ燃料としての需要が高まり、価格が高騰してしまっている。日本は飼料をほとんど輸入しているのでリスクを負ってしまっている。どこの国も自国優先だ。この先、天候不順などで日本がいくら金を出しても飼料が入手できなくなる可能性は高まるばかりだ。
しかし、納豆菌を大量に培養できれば安全で安心な飼料を自国でまかなえることになる。
――なぜ納豆菌に目をつけられたのですか?
「金沢工大に来る前、18年間、花王の研究所で洗剤に入れる酵素の開発をしていました。酵素は枯草菌(こそうきん)という細菌に作らせるのですが、この菌体が大量にとれるのですが使った後は廃棄されています。
何かに利用できないかといつも思っていました。メーカーではそのような研究はできませんので、金沢工大に来て研究しようと考えたのです。納豆菌は枯草菌の仲間というか親戚みたいなものです。枯草菌の培養技術を生かして納豆菌を安く大量に取れれば肥料や家畜用の飼料になります」
――どうやって増やすのですか?
「納豆は安全な食品で千年以上食べられています。市販納豆の1パック中に菌は数十億個もいます。栄養源は高価では意味ありません。今は近くの納豆メーカーから大豆の煮汁をもらってきています。
大豆の煮汁はとろみがあって、ものすごい栄養価があります。この煮汁の中で大量に培養したあと乾燥して破砕します。問題はコストでより安く作るのが課題です。そのためにはより増殖しやすい変位株を見つけることが重要となります。」
――変異株はどのように作るのでしょう。
「紫外線や変異誘発剤を使って突然変異を起こさせて作り、良い株が出てくるのを待つしかありません。良い株を選び出すスクリーニングは有用微生物開発の基本技術です。
人類はまだ全微生物の1%しか知らず、99%は残されているとも言われています。まだまだ有用な微生物をみつける可能性はあると思います」
枯草菌は有用な微生物のため1997年に国際協力によりゲノムが解読され、4100個の遺伝子があることもわかっている。2008年9月19日付けの日経新聞によると、
枯草菌の遺伝子の中で酵素生産を阻害するものを取り除いて、さらに酵素の生産効率をあげる方法が開発されたという。「ミニマムゲノム*1」という手法で、この開発は産業利用に向けて注目されているという。「ゲノムは枯草菌と8割同じ」という納豆菌もこれから期待できそうだ。
――先生は民間の研究所からの転進ですが、そのきっかけは?
「私のいた花王は歴代の社長が技術系出身で、研究開発を第一とする会社で研究者としては居心地の良いとこでした。ただ、18年もいると研究をマネジメントする側に立たねばならないので、私としてはずっと自分自身で研究を続けて行きたかったので大学にきたわけです。
大学で学生を相手にするのは楽しいしやりがいがあります。企業に入ってくる若者はある程度出来上がってくるのですが、学生はほとんどゼロからのスタートなので育てる楽しみがあります」
LASの分解酵素にも挑戦
袴田准教授の次のターゲットはLAS(界面活性剤の一種)を分解してくれる酵素だ。
LASは現在,家庭用洗剤の主流として使われている物質だ。「一箱の洗剤があれば、そのうち20-23%はLAS」。しかし、使われている界面活性剤の中でも一番分解されにくく自然界に残っている。現在、深刻な環境汚染を引き起こしているわけではないが、減らしておくことにこしたことはない。
「例えばですが、LAS分解酵素を洗剤に入れておいて、洗濯が終わってから機能するようにしておけば排水している間にLASが分解されるといったことも可能です。そうすれば浄化槽にかかる負担も少ないでしょうし、環境にあたえる負担も少なくなります」
その他、袴田准教授は金沢工大で研究が盛んなこうじ菌をつかい、納豆のネバネバ成分の性質を変えることを考えるなど、実に幅が広い。研究室の前のプランターには加賀野菜の金時草(きんじそう)が植わっていた。納豆菌を散布して生育の具合を見ているという。
袴田准教授は終始物静かな語り口で、どちらかというと控えめな印象だ。でも他人の目を付けていない、廃棄されているものに着目し将来の工業化まで見据える大胆なチャレンジャーだ。
*1:枯草菌の「ミニマムゲノム」は袴田准教授が所属しておりました、花王株式会社生物科学研究所が参加した国家プロジェクトです。