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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

カビから新しい医薬品を創る

カテゴリ:応用バイオ学科
2011.05.12
 

応用バイオ学科 小田 忍 教授 アオカビから抽出した抗生物質のペニシリンを始めとして今まで人類はカビをうまく利用してきた。しかし、小田先生によると、カビはもっと広範囲に利用出来る可能性があるという。その背景をうかがった。

——今、何故カビなのですか?

 「カビは細菌や酵母より高等な微生物です。遺伝子や菌種の多様性が非常に大きいので、まだ見つかっていない有用なものがたくさんいます。発酵、酵素生産、微生物変換、さらには有害物質の分解除去まで利用できます。幅広い産業に利用することができるので、カビは最強のポテンシャルを持つ微生物であると考えています」

——研究室の紹介記事に「カビの培養は難しく、その利用は限られていた」と書いてありますが、素人考えではカビはモチなどにすぐ生えてくるので培養は簡単そうですが。

 「日常生活のカビと工業利用のカビはスケールが違います。普通の工業生産ですとタンク培養です。タンク培養というのは、水の中に培地成分とよばれる餌が入っています。それにカビを植えて攪拌しながら培養するのです。カビが増えてきて形が1~2mmのビーズ状にうまく揃えば良いのですが、そうならず塊になってしまう事があるのです。あるいは菌糸という目に見えない細胞が糸状に増え続けると培地自体がどろどろになって攪拌できなくなってしまうこともあります」

——なるほど工業レベルの規模での培養は難しいということですね。

 「はい。そうです。カビが増えないと困ります。しかし、うまくビーズ状に形が制御できれば良いのですがそれが難しいのです。実際、企業にいた時、私が直接かかわってはいないのですが、タンク培養でビーズ状にならず、どろどろになって莫大な損をしたことがあります。医薬関連だとコストが高いですから」

——そうした欠点を克服してカビを大量に培養するために新型のバイオリアクター(生物を利用して生化学反応を行う装置)を開発しているのですか。

 「まず液体培地という、栄養が水にとけている層があります。その中に中空微粒子という、非常に軽くて、あっという間に浮いてしまうポリマーの微粒子を入れます。これが浮くことで、培地の中のカビを全部引っかけて培地の上で増殖させるのです。放っておくと微粒子を取り込んだ非常に強いカビのマットができます。

 さらに、その上に有機溶媒をのせます。これがうちの売りでもあります。微生物は普通、有機溶媒があると死んでしまいます。毒性があるので。うちのシステムですとカビが元気な状態で、発酵生産もするし、バイオコンバージョン(微生物変換)もするのです。こうしたバイオリアクターを3種類、開発しています」

——どうしてカビが死なないのですか?

 「カビのある水の層と親油性の有機溶媒が分かれているためです。カビはダメージを受けることなく、どんどん物質を作っていき、出来た産物は有機溶媒の中に貯めていくことができます。これでは反応場が2次元の平面ですから、スケールアップをするには多段化して塔状にして、さらにその塔を並列化すればかなりのスケールで生産ができます」

——今、カビを使って具体的にはどんなものを作ろうとしているのでしょう。

 「当面やろうとしているのは、抗菌、抗真菌、抗ガン活性物質などの医薬品原料です。最終目標としては多剤耐性菌を殺す薬の開発を目指しています」

「カビは最強の可能性がある」と小田教授——多剤耐性菌というのは?

 「ほとんどの抗生物質が効かない病原菌のことです。例えば結核の治療には現在リファンピシンなど4種類の薬剤が使われていますが、この4つ全部を組み合わせて投与しても殺せない結核菌が出てきているのです。

 こうなると薬がないのでお手上げなのです。しかも結核は呼吸器系の感染なのであっと言う間にまん延してしまいます。一説によると死亡率は今世紀中にガンを抜くだろうと。何とかしないといけないと言われているのです。

 多剤耐性菌を克服する薬剤の開発は私の人生の最終目標と考えています」

——先生はもともと何の研究をしていらしたのですか?

 「山口大学農学部を出て九州大学で修士です。その時は栄養化学という、もっぱら動物を相手にしてコレステロールを低下させる機能性食品の開発をしていました。微生物自体は子供のころから関心があり、病原菌の本などをいろいろ読んでいました。高校の時に読売新聞主催の学生科学賞に微生物をテーマで応募したこともありました。ずっと興味を持ち続けていたのですが、修士のときはちょっと脇道にそれた感じです。

 関西ペイントという塗料の会社がバイオを本腰入れてやるので来てくれといわれ就職しました。ここで初めて微生物を扱いバイオリアクターで医薬品作りを目指しました。しかし、途中でもうバイオはやらないということになり、バイオの本流のメルシャンの研究所に移り、縁あって08年からKITに来ています」

大学こそ社会に役立つ研究を

——日本のバイオ関連の研究は今一つパッとしないですね。

 「ええ。遺伝子関連に集中し過ぎているのです。しかし、企業にいた経験からすれば遺伝子組み換えした菌というのは実社会では無制限には使えないのです。

 ビジネスでは生産性を上げるのが重要です。そのためには作る時間を短縮するのと産物の量を多くすることの2点があります。遺伝子組み換えは時間短縮には有効ですが産物を多くするには有効ではありません。時間短縮と多く作る、この2点にバイオリアクターは有効です。理想的に言えば遺伝子関連とバイオリアクター関連が手を組んで進めば良いのですが、遺伝子関連は最先端だがバイオリアクターは古いと思われがちなので研究者も少ないのです」

学生を指導する小田教授——座右の銘として、ドイツの哲学者ライプニッツの「伸びんがために我屈せん」をあげていらっしゃいます。

 「趣味で科学哲学をやっています。科学的な研究を論理学と歴史で解析して行こうという学問です。ライプニッツは歴史上の大天才ですが一番尊敬している人です。ものすごく自分に厳しい人でもありました。

 研究も実践的な社会に役立つことしかやる気はありません。大学こそそれをやらないといけないと思います。企業の研究所にも長くいましたが、“これは良いよ、社会の役に立つ”といっても絶対に採用されません。もうけが上がらないものは許されないというとこでしたので。それができる場というのは大学しかないですよね」

 小田先生は大学も企業もいろいろ経験していらっしゃるが、一本、筋の通った研究者という感じがした。 

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