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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

麹菌で切り開く未来

カテゴリ:応用バイオ学科
2010.11.01
 

応用バイオ学科 尾関 健二 教授 日本を代表し象徴する鳥、国鳥はキジだ。国蝶はオオムラサキ。では「日本を代表する菌類、国菌は何か?」と聞かれて即答できる人はまだ少ないのではないか? 答えは麹菌。2006年に日本醸造学会大会で認定されたという。日本酒、みそ、醤油といった日本の醸造食文化になくてはならない菌なので当然と言えば当然である。尾関先生は大学院修了後、大手酒造メーカーの大関酒造に入社以来、この麹菌と関わってきた。

——どうして酒造メーカーに入いられたのですか?

 「私は出身が名古屋なので、知らない関西にもなじんでみたいと。たまたま早めに就職の募集がありましたので応募しました。大関は灘の蔵元で創立1711年ですから来年は300周年になります。景気が良かった280周年は全社員集めてハワイに行ったこともあります。
 
 日本酒の製造法は極めて複雑で、麹菌を入れて麹を作る工程と、それから作った麹と蒸し米とを一緒にして酒母(しゅぼ)という、こちらは酵母を純粋培養したようなものとを一緒に混ぜるようにします。米のでんぷんを麹菌の持っている酵素で溶かしているのです。

 要するに麹菌を生やして麹を作り、それから酵母でアルコール発酵する。でんぷんをブドウ糖まで酵素分解したものを、酵母が栄養として取り込んでアルコールと炭酸ガスをつくる。少しづつ並行しながら糖化と発酵をやって行くので、並行複発酵といわれる日本酒独特のものです。そこで麹が重要となるのです」

——酒造メーカーとしては良い麹菌を見つけるため研究するのですか?

 「麹菌はどちらかというと麹菌の業者から購入するのです。専門用語でいうと種もやしと呼び、業者はもやし屋さんといいます。日本酒用、みそ・醤油用、焼酎用という麹を育成して純粋培養した胞子を売っています。各メーカーは自分の会社でもやしをつくるところも中にはありますが基本的にはそういう種もやし屋さんから購入してきます」

——しかし、生物に任せるわけだと、毎年同じ味のお酒を作るというのは難しいでしょうね。

 「ええ、米によっても違います。今年の米は非常に溶ける米だったそうです。毎年、最初の造りというのが大体9月か10月。規模によって違いますが、今年の米がどういう性質なのか調べます。麹が作りやすいのかどうか、蒸すとどういう性質になるのか。お酒を仕込むときは普通の米もたくさん入れますので、その米がよく溶けるのかどうかというようなことです。杜氏さんは最初はかなり神経質になっています」

——そのような時に先生のような研究者がアドバイスするということですか?

 「そうやって現場にフィードバックするような新しいお酒の仕込み方とか、あるいは現場で使えるような酸の多いような酵母とか、ちょっと変わったタイプのお酒用にアルコール発酵能力が強い酵母とか、そういうのを少しづつ育種改良していくという技術はもちろんございます。

麹菌について説明する尾関教授 灘、伏見の大手の酒屋さんはある程度、そのような目的のために研究者を入れ出したのです。総合研究所という名前がついたのが大関が最初でした」

——先生はそこで研究の統括リーダーも務められ、産、官、学の麹菌ゲノムプロジェクトに大関代表として参画されたのですね。

 「はい、この麹菌ゲノムプロジエクトはヒトのゲノムプロジェクトと同様に、麹菌の全遺伝子情報を読もうというものです。醸造協会、産業技術総合研究所、製品評価技術基盤機構などが入り、2005年12月に解読に成功しました。ただ、その遺伝子がどんな役割をしているのか分かっていないのが、まだ3分の1とか半分くらいもあるのです。

 KITのこのゲノム生物工学研究所のことは私は知らなかったのですが、不思議なご縁で来ることになりました。今まで関わってきた麹菌のゲノム情報を利用してどのように産業利用に結びつけるかということを企業と連携して進めています。」

——具体的にはどんな研究開発が進められていますか?

 「2002年にスウェーデン政府はポテトチップスやコーヒーなど加熱加工したものや焙煎した食品にアクリルアミドという発ガン物質が含まれていて危険だと突然、発表して世界中で大騒ぎになりました。

 ところが、麹菌はそれを分解できるのです。あるメーカーと共同でこの技術を開発中でほぼ確立できました。

 実はこれも簡単には行かなくて、麹菌がアクリルアミドを分解できるということはそれを分解する遺伝子を持っているということなので、この遺伝子を特定すればさらに効率的な処理ができるはずです。初めは、その遺伝子はすぐに見つかるだろうと思っていたのですが、なかなか見つからない。実は最初のゲノム情報に間違いがあり、探していた遺伝子はたまたまその間違いがあったとこだったのです。それを突き止めるのにも時間がかかりました」

 尾関先生の話をうかがっていると、研究開発の道は単純な一直線ではなく、試行錯誤をくりかえしながらのジグザグコースをたどることが良くわかる。特に複雑な生物を相手にしたバイオテクノロジーではなおさらだ。

食品廃棄物を微生物で有用化

——研究のもう1つの柱であるバイオコンバージョンとは何ですか?

 「バイオコンバージョンとは生物変換といい、生物の機能を利用して、今まで捨てられていたような不用の物質から有用な物質を創りだす技術です。ここでは小麦の“ふすま”という米ぬかと同じようなものの利用を目指しています。ふすまは精麦の過程で大量にでるのですがほとんど廃棄されているのです。

 ふすまはヘミセルロースという植物繊維の一種が主成分なので、これをいろいろな酵素を組み合わせてできるだけ溶液に溶ける状態にして、さらに酵母で発酵させてアラビノース、キシロースといった糖にまで分解できようになりました。これらの糖は糖尿病患者さんの血糖値を上げない糖として使われていますし、その他機能性食品や香料などにも期待されています」

 尾関研究室の実験風景 タダ同然で捨てられていたものから、有用な物を生み出すのは最先端のバイオの技術開発の醍醐味だろう。それが日本伝統の醸造技術から生まれるのだから面白い。尾関先生は「お世話になった麹菌に恩返ししたい」、「育てられた大関にも恩返ししたい」と何度も「恩返し」を繰り返された。「恩返し」が成就することを祈るばかりである。

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