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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

コンピュータで杜氏の技術を継承

カテゴリ:応用バイオ学科
2017.08.18
 

応用バイオ学科 相良 純一 准教授 日本酒造りはワインなどとは比較にならないほど複雑で手間がかかる。お米の主な成分はデンプンのため、そのままではアルコール発酵できない。そのため麹菌を加えてデンプンを糖化させ、それをさらに酵母によってアルコール発酵させなければならない。この世界に誇る伝統的バイオテクノロジーが杜氏の高齢化で危機に瀕しているという。相良先生はコンピュータを使って、この技術を継承しようとしている。

――先生は埼玉の春日部高校から学習院大学の理学部に進学されました。何かきっかけはあったのですか?

 「特にないのです。いろいろ受かって自宅から一番近いということで選んだのです。学習院大学は理学部だけで工学部はありません。私は理学部の化学科にいましたがもともと有機化学や生化学に興味を持っていました。ちょうどその頃、学習院大学OBの三浦謹一郎という偉い先生が東京大学を定年になって戻ってきて分子生命科学研究所を作り、化学科の学生も受け入れてくれるというので、卒業研究を1年だけさせてもらいました」

――大学院は東京大学の農学生命研究科に進まれます。

 「今の自分の研究にも繋がっていますが、この農学研究科は全くバイオの実験をしないでコンピュータだけを使って、シミュレーションや遺伝子解析をしているのです。

 自分が卒業研究をしていた時代というのは、いわゆる当たるも八卦、外れるも八卦みたいな実験だったのです。いろいろなものを作って、それを遺伝子の中に組み込んで、それを見て、うまく行ったものを見つけて、次に持っていくというようなことをしていました。

 それでも実験はうまくいかないことが多く、これだったらコンピュータを使ったほうがうまく行くのではと考え始めました。昔からパソコンが好きだったので。

 それで、あれこれ探して、当時からコンピュータを使っていた東大の農学生命研究科を見つけて採ってもらったのです」

相良先生は早くからパソコンに親しんでいたという――そう言えば、数年前にスパコンで生命現象をシミュレートするアーティフシャル・ライフという研究が流行りましたが、最近はあまり聞かないですね。

 「今は扱えるデータが増えたので、それほどすごいシミュレーションをしなくてもデータを時系列で追って行けば、ある程度、答えが分かってくるようになったのです。昔は少ないデータから結果を得るために計算に工夫が必要だったのですが、今はコンピュータの性能が上がって、扱えるデータが増えたので、昔のようにすごい計算をしなくても単純な計算で意外とうまくいってしまうことが分かってきたのです。私の研究分野はコンピュータの進歩でこの10年くらいでものすごい変化が起きています」

――それで産業技術総合研究所(産総研)の研究員を経て05年から縁あってKITにこられました。現在はどのような研究をされているのですか?

 「ここKITでは理論だけではなく実験もしなくてはならないので、今は塩麹のいろいろな特性を調べたりしています。その先にはIoT( Internet of Things )がらみで、いわゆるセンサーを作っていろいろやっていこうと。

 実験で実際に使うセンサー類を自分たちで作って、今までの実験機械というのは、ずっとデータを測ったりしていなかったので、自作センサーでデータを図り続けていこうみたいなことをしています」

――具体的にはどのような分野ですか?

 「今、発酵産業はブームになっていますが、そこで働く人たちにとっては危機的状況になっているのです。

 お酒造りで言えば、杜氏(とうじ)さんが高齢化していって跡継ぎがいない。お酒造りの工程は機械化が難しくて。バブルの頃に機械化に走ってしまったところは多いのですが、やはりお酒の評価が下がってしまうのです。本来はすごくクリーンなところで均一なものが造れるので評価が上がるはずなのに、評価しているのが人間なので評価が下がってしまう」

――でも、それはブラインドテストではなくて、事前に機械生産と知ってしまっているからではないのですか?

 「いや事前に知らなくても口にすると分かるみたいで、やはり評価はクリーンなところにおいて機械で制御したものよりも、杜氏さんが上半身裸で作ったお酒の方に人気がある。昨今の地酒ブームもそうですよね。有名な全国ブランドの均一品よりも売れていますし、居酒屋に行ってもどこかの地方のお酒は必ず置いてありますよね」

KITから社員杜氏の道も

――ブームなのに造り手がいないというのが危機なのですか?

 「杜氏さんの高齢化が非常に進んでいるのです。私がやりたいのは、そういう作っている時の全ての状態のデータ化なのです。そのための機材のようなものを一生懸命研究して作ろうとしているのです。

 さらに杜氏さんは、酒作り中に自分のした行動とかを全部ノートに取っているのです。その杜氏さんの行動履歴のノートを見せていただき、得られたデータと対応させて杜氏さんの技術の見える化を行いたいのです」

――なるほど。

 「今、どこの酒蔵メーカーも杜氏さんを社員杜氏に切り替えているのです。どこからか来てもらうのも高齢化でなかなか来てもらえないのです。これではいつか破綻してしまうぞと危機感を持ち、社員の中から杜氏を作る方向に切り替えています。

 うちの学科からも、結構そのような仕事に就職しています。社員杜氏という形で普段はいわゆる酒蔵会社の社員として仕事をして、お酒造りの時期になると、杜氏の仕事を一緒にするという形です」

麹を手にとる相良先生――よくワインなどは年によって出来不出来があると言われていますが、お米にも酒用に出来不出来の年があるのでしょうか?

 「実はお米もその年によって含んでいる水分量か違うので、やはり一度作ってみないとどんなお酒ができるか分からないと言うのです。デンプンが麹菌を分解して糖にしていく過程を"溶ける"と言いますが、同じ分量でやっても年によって溶けたり溶けなかったりするのです。

 私としてはお米を作る田んぼから、どういう状態でどういう育て方をしたのかというデータも欲しいなと思っています」

 日本酒造りという複雑で微妙な作業は代々、杜氏と言うスペシャリストにより継がれてきた。それをバイオインフォマティクス(生命情報科学)が専門だった相良先生がコンピュータによりデータ化して次世代に伝えていこうという。実に面白い試みだ。

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