今でこそ、医療にとって工学との連携は当たり前のことだが、河原先生が大学院を出られた約40年前はまだ珍しかった。先生は工学部から医学部の助手になるという当時としては稀な道を先駆者として歩んでこられたという。
----先生は早稲田の応用物理のご出身です、元々は何の研究をされていたのですか?
「光関連の研究室にいたのです。4年の時はホログラフィーをやっていました。昔の卒業研究でホログラフィーを撮ろうとしたのですが、すでに色々な所で使われているので、ただ撮影するだけでは面白くないと思っていました。たまたま眼科の先生から眼底写真というのは暗箱の中を写すのと一緒だから結構難しいのですよという話をうかがったのです。そこで、眼底写真、眼底のホログフィ--を撮影してやろうかと」
----ホログラフィーとは簡単に言えば立体写真のことですよね、すると、眼底が立体的に浮き上がって見えるのですか。
「中の血管の交差状態とかもきれいに見えましたし、1枚の写真で目の奥の眼底と瞳の虹彩、20何ミリ離れていますが、全部写っています。きれいに撮れたと喜んだのですが、それはそれで終わってしまった。解像度は悪かったりして利用が進まなかった」
「目のことを調べているうちに、目の機能のほうが面白くなって、それで修士から目の機能を計測したりしました。その頃はファィバーオプティクス、胃カメラなどの出始めでしたので恩師の先生もその方面に興味を持っていました。
恩師ご自身は目の研究は行わなかったのですが、視覚は重要だということで、私の5年先輩で目を専門にしている人が助手として研究室にいたのです。早稲田は古い大学のせいか、あまり手取り足取りでああせい、こうせいとか言われない研究室でしたので、相談するけれども、実際はみんな自由にまかせてみたいな感じでした」
----それで、早稲田を出て東海大医学部に行かれます。これは珍しいケースですよね。
「ええ、それは珍しかったですね。ちょうどドクターが終わる頃に、順天堂大学医学部の眼科に有名な先生がいらして、そこでいろいろな装置の計測をしていたのです。その先生に大学に残りたいと相談したところ、東海大学医学部の病院の眼科を紹介していただいたのです。医学部はできたばかりで、眼科の新しい教授もちょっと変わったことをしたかったかもしれないのです。僕自身も面白かったです」
「ええ、光学工学科のほうへ異動します。眼科の先生にはここは臨床だから医学部出身でないと上に行けないので、早いうちにどこか探して出てっていいよと言われていました(笑)。ただ、2年くらいは、ここにいてねとも。
たまたま同じ東海大工学部の光学工学科に早稲田の先輩がいて、ちょうど空いたからおまえ来ないかという話がでて。眼科の先生も同じ東海大なら用ができたら来てもらえるから、それは良いということになったのです」
----光学工学科というのも他の大学に比べてかなり早いですね。
「東海大を創立した松前重義( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%89%8D%E9%87%8D%E7%BE%A9 )という総長がいらしたのですが、その松前氏がヨーロッパへ研修に行った時に、オランダの世界的メーカー・フィリップスの研究所で照明研究や光の応用を開発する部門を見たそうです。それで帰国してすぐに光の学科を作れとなったように聞いています。
松前氏はユニークな人で話が面白かったので、東海大にいる時は別に私が出席しなくてもいい卒業式や入学式に出て総長の話をうかがいました」
----偉い人の挨拶はつまらないのが定番なのにそれは珍しいです。その後、医学部には戻らなかったのですか?
「戻りません。東海大で助教授になり、慶應の医学部と共同研究みたいのをして非常勤講師をしたりしていました。縁あってKITに来たのは87年からです。私は地元小松高校出身で長男なので、親父から墓守に来ないと困ると言われ続けていました」
----87年だと、KITではまだ医学との連携は始まっていないのでは?
「来た当時は経営工学科に所属していました。経営工学という学問は大きな分野で一つはマネージメントとか品質管理を含む、いわゆる管理工学があります。もう一つは人間工学です。僕はこの人間工学の中で、視覚や聴覚、手の動きをできればやりたいと思ったのです」
3Dに目の緊張の緩和効果あり?
----なるほど目の研究の流れからの視覚ですね。視覚といえば、立体テレビ、3Dは思ったほど普及しません。現在、3D映像のストレスもご研究中とか。
「3Dのマイナス面はいろいろ言われているのですが、プラス面も非常に多いので、一概にダメとは僕は思っていません。ただ3Dを長時間観ていると疲れることを作る側、売る側は"疲れます"と正直に言いなさいと思っているのです。それが、普及の妨げになると思うのか"いくら観ても疲れません"、"全然問題ありません"という姿勢はまずいと思っているのです。
3Dにしたお陰で、すごく臨場感が増したりとか、手術ロボット、ダビンチなども3Dの効果を強くすることで周囲がぐっと見やすくなったりということがあるので、良い面は積極的に使えば良いのです」
「そういう面では迫力が違うでしょう。でも迫力は四六時中なくても良いのです。週末にレンタルで3D映画を借りて楽しむのは何の問題もありません。
最近、面白い実験結果が出ていて、直前までコンピュータで作業していた人に終わってから、3Dを見せると生理的にちょっと緊張が和らぐという結果がでているのです。平坦な画面をじっと見ていると水晶体は固定されるので、水晶体を動かす筋肉が緊張し放しになるので疲れるのです。昔から近いところをじっと見ていると疲れるから、たまには遠くを見なさいとか言われていましたが、それと同じです。
コンピュータの作業も長時間続けていると疲れますから、その後で30分くらい3Dメガネをかけて映像を楽しんでもらう、そうすると緊張具合がちょっと治っていく。実験前は、3Dでもっと疲れるだろうと思ったのですが、どうも正反対の結果が出ているのです」
コンピュータの端末がラップトップからタブレット、携帯電話と小さくなりついにメガネ型のウエアラブル端末まで登場した。こうなると目のちょっとした動きや機能の研究がますます重要になってくる。河原先生の長年にわたる視覚の研究も今まで以上に注目されてきそうだ。