KITには長年、企業で活躍された後で教鞭を取られている先生が多い。ところが加藤先生はドクターの後、一旦企業に入って開発に従事し、すぐにまたKITに戻るという珍しい経歴の持ち主だ。そのいきさつをうかがった。
——加藤先生はKITでドクターを取得されていますが、最初は修士で就職するつもりだったとか?
「私は、新谷先生が講師になられた時に先生の名前で初めて指導していただいた学生の一期生になるのです。でも修士を終えてもドクターに行くつもりはなく、メーカーの就職試験を受けて受かっていて、そこへ行くつもりだったのです。
でも12月に藤村先生と新谷先生に呼ばれて、考え直せというようなことを言われて、いや、そう言われてもなぁと。しかし、母の叔父にあたる、影響力のある親戚から“チャンスというのはそんなにあるものではない。だからチャンスは大切にしなくては”と強く言われまして。
それもそうかなと。できるかどうか判らないけどやってみるかと」
新谷先生( http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/2009/04/post-10.html#more )は現在、加工技術の専門家の立場から人工股関節の改良に取り組んでおられる。狭い専門領域にとどまらず広く挑戦する研究者だ。
——新谷先生に見込まれたということは加藤先生が学生時代からかなり見込みがあったのでは。学生時代はどんな研究をしていたのですか?
「いや、ほかに優秀な同級生がいましたが、融通が利くものがいなかったのではないですか(笑)。
修士、ドクターとほとんど同じ系列の研究をしていました。ADIという材料です。これは鋳鉄なのですが、球状黒鉛鋳鉄に熱処理をした鋳鉄なのです。球状黒鉛鋳鉄は何が良いかと言いますと、鋳込むのでいろいろな形になるわけです。
自動車のエンジンをイメージしてもらえば良いと思いますが、シリンダーのように複雑な形でもできた後で加工してやれば、それで製品になるわけです。鋳造成形した後熱処理を施してADI材という強度の高い材料とするわけです。
ところが、熱処理して硬いので、そう簡単に削れないのです。それをうまく削れるようにしましょうというのが研究のテーマだったのです。
そのための最適な工具の設計から始まって、最終的にはある程度、能率よく精度良く加工できるような条件の選定までやりました。それで工具メーカーさんと共同で開発もしまして、ドクターの後、実は住友電工さんにお世話になることになりました。」
ここで先生の話を補うと、ADIはオーステンパ球状黒鉛鋳鉄(Austemperd Ductile Iron)のこと。鋳鉄は炭素を多く含み、鋼より溶ける温度が低いので鋳造に向いている。ところが、鋳鉄の中の炭素は固まるとき、裂け目状のグラファイト(黒鉛)に結晶化するため、ここに応力が集中し脆くなるという欠点がある。
この欠点を補うため、添加物を加えグラファイトを球状に結晶化させたのが球状黒鉛鋳鉄だ。ADIはこれにさらに特別な熱処理をして硬度を増したものだ。
——住友電工では何を研究されたのですか?
「ダイヤ製品事業部という部署で工具材料の焼結体工具の開発を担当していました。工具の先端に付けて削るのです。実際にやっていたのはcBN(キュービックボロンナイトライド)という焼結体で人工ダイヤと同じような製法で作ります。これで鋳鉄を高速で削るのです。その頃は日本よりもヨーロッパにおいて切削速度が非常に速い加工が行われていて、例えば自動車ならルノーやフィアットといったメーカー向けの開発もしていました。
でも、住友電工は2年間だけで、先生方に戻って来いよと言われ、またKITに戻ることになりました。民間企業で開発部門にいたので、ユーザーさんの生の声を聞くことができて大変勉強になりました。今やっている問題発見、問題解決の演習を実際の舞台でやっていたようなものです」
——2年間でまた大学に戻るというのは珍しいですね。ところで硬い金属を削るのは難しいのは判りますが、何故、速く削らなければいけないのですか?
「1つは能率、生産性の問題。それと速く鋳鉄を削ると加工面が非常にフラットになるのです。速い速度で削るとせん断角という、切りくずを出す角度が立ってくるのです。立ってくると、せん断面積が小さくなって薄い切りくずが出るようになります。ということは切削抵抗が小さくなるということなので小さな力で削れます。工具にとっては優しい方向にいくわけです。
ただ、速度が増してくると温度も上がりますから、それに耐えられる材料でなければなりません。その点、cBNというのは良い特性があり、実用化に向けての開発ができました」
——ヨーロッパのメーカーが速い加工を好むのは何か理由があるのですか?
「ヨーロッパの工場では労働者が残業をしませんから働く時間は決まっています。でも仕事量はこなしたいので速く削りたいのです。例えば日本で工具の寿命を100とすれば向こうは70、65でダメになっても構わない。とにかく速く削って、仕事を終わらしたい。簡単に言うとそういうイメージです。
これに対し、日本のメーカーはシビアです。ある工具材料があったら、それを安定的に使ってぎりぎり寿命を持たせる。それをコントロールしながら生産性を上げるというのが日本の考え方なのです。1個の工具を持たせながら、さらに速度も上げるという非常に欲張りなのです」
穴開けはもっとも難しい加工
——先生が現在、取り組んでいる微細加工技術はどんなものですか?
「携帯やスマホなど、我々が使っている機器はどんどん小さくなっていますよね。中に使われる部品も小さくなる一方です。ですからそれらを作る微細加工技術がこれからますます重要になってくるのです。例えば穴開けに使うドリルですが、我々は工具メーカーと共同で0.2mmのものを作りました。この刃先に自分たちで細工をして切りくずがうまく分断するように工夫しています。これはICパッケージの端子として使用するハンダボールを配置するための治具に高密度に貫通穴を開けるものです。
穴あけは皆さん、簡単に思うけれども実は加工の中で最も難しい技術なのです。最初に出てきたADIのような材料も簡単にスパスパと穴あけできる技術が開発されたら、もっと世の中に広まっていると思います。ところが簡単に穴あけできないので、日の目を見ない難加工材料もあります。もし穴あけ技術が出てきたら、いろいろなものが少しずつ変わってくるのです」
今、日本のものづくりは苦境に立たされているという。しかし、一歩一歩、地道に難しい問題を解決していけばまた突破口が開けるのではないか。加藤先生のお話をうかがって
そう感じた。