宇宙飛行士・若田光一さんが現在(2009年3月22日)、国際宇宙ステーションで日本人として初の宇宙長期滞在に挑戦中だ。宇宙飛行士の健康問題で最も重要なものの一つが「骨」。多くの飛行士は長い間の無重量空間滞在で骨に問題が生じ、地上に降りてくると歩けなくなってしまう。
というのは、人間の骨は荷重がかかっている中で、骨を新しく作っていく骨芽細胞と古い骨を破壊していく破骨細胞とのバランスで成り立っている。ところが荷重がかからないと、生体はこの骨は不要と判断し、破骨細胞ばかりになってしまい、骨がもろくなってしまうのだ。
新谷教授は機械工学科の研究者でありながら、目下この人間の骨の代替物を研究中だ。特に股関節の病気の人に使われるものを開発している。股関節は立っても歩いても一番体重のかかる部分で、ここがダメになると寝たきりになってしまう可能性が高いという。寝たきりになると、体全体の骨に体重がかからなくなり骨が弱くなってしまう。
――どうして、機械科の先生が股関節の代替物に係わるようになったのですか?
「私も年寄りなので腰が痛くなって整形外科に通うようになりました。ある時、他の患者さんの強烈な悲鳴を聞いたのです。医者に聞いたら、その患者さんは変形性股関節症ということでした。この病気は痛みが激しく、中には"もう死にたい"と言う人もいるほどとのことでした。そこで私の持っている金属加工技術が役に立たないかと思ったのです」
――変形性股関節症とはどんな病気なのですか?
「股関節は骨頭という大腿骨の端のボール状の部分が、腰骨の臼蓋(きゅうがい)という受け皿のような所にスポッと入っていることで自由に動くのですが、臼蓋の形が変形してボールをきちんと受けることができなくなって脱臼したり、この間にあってクッションの役割を果たしている軟骨がいろいろな原因ですり減ってしまう病気です」
――その病気をどのように治療するのですか?
「治療法はいろいろありますが、私が係わっているのは、白蓋も骨頭も全部、人工のもの(インプラント)に替えてしまうチャンレー型という人工関節です。軟骨が完全にすり減り、変形の激しい末期の患者さんに使う方法です」
この人工関節の材料にはチタン合金やコバルトクロム合金が使われている。この関節が発明された、ごく初期の頃はステンレスが使われていたが、ステンレスに含まれているニッケルに発ガン性があるということや、人体との適合性などから、これらの合金がつかわれている。しかし、こうした最新の合金は加工が難しく、ほとんどを米国からの輸入に頼っている。本来なら、合金を患者の体ごとに違うサイズに合わせて微妙に加工しなければならないし、関節を埋め込む手術も物理的な合理性がなくてはならない。しかし、現実はまさに「えい、やっ」の世界でベテラン医師が経験とカンでこなしているのが実情だ。
新谷教授は金沢医科大学と共同で、この人工関節の世界に最新の機械工学を導入してオーダーメイドで作ることに挑戦している。具体的には患者の体を3次元のCTスキャンで読み取り、骨の形状、サイズを数値化する。次に3次元のCADで人工関節を設計、モデルをつくる。そしてCAMを使って適合性を確かめ、NC工作機械で加工する―といった手順だ。
新谷教授が加工の難しい合金を使った人工関節に挑戦できるのは、精密な金属加工に長年取り組んできたからだ。
――最近の金属加工技術はどのように変わっているのでしょうか?
「重厚長大の時代は終わって軽薄短小の時代になった。商品は短寿命で、メーカーはできるだけ早くモノを作る必要がでてきました。そして高速で加工したほうが高精度に作れるのです。速くさっと切った方が材料が軟化し加工抵抗も下がり変形しない。工具もたわまず、材料もたわまず精度があがるというわけです」
――いいことづくめですが短所は?
「デメリットは温度が上がるので切削する刃がもたないのです。われわれは刃を冷やす工夫をして、超高速で加工しながら刃の寿命を延ばすことに成功しました。後、材料と工具の組み合わせで、ちょうど良い温度を保つことが重要なことを発見しました。好きな風呂の温度は人様々なのと同じで"湯加減"が大事と言ってます」
新谷教授は切削部分を電子顕微鏡で観察したり精密な成分分析をした結果、超高速で鋳鉄を加工しつつ、刃を長時間持たせる切削方法を開発した。この方法は多くの自動車メーカーですでに使われているという。こうした金属加工の研究の延長として、オーダーメイドの人に優しい人工関節の開発があるのだ。
新谷教授のインタビュー時間は通常と同じだが、動画も含めた情報量は何倍もあってとても書ききれなかった。それだけ新谷教授の開発にかける熱意がひしひしと伝わってきた。