ドイツ南西部、フランクフルトの近くにカイザースラウテルン(Kaiserslautern)という人口約10万人の小さな街がある。日本ではほとんど知られていなかったが、2006年にFIFAワールドカップの一次予選がここで行われ日本がオーストラリアに破れるという「悲劇」があったため、サッカーファンを中心に結構知られるようになった。中田先生はこの街にあるカイザースラウテルン大学( http://www.uni-kl.de/5098.html?L=1 )複合材料研究所に招聘教授として留学した貴重な経験がある。
——先生はその研究所に2001年から2002年にかけて行かれていますが、どんな研究所だったのですか?
「材料に力を繰り返し加えた時の疲労強度の解析シュミレーションをやっている研究室にいきました。自動車とか飛行機というのは、走ったり停まったりでその度に複雑な力が構造にかかりますよね。そういう複雑な負荷がかかった時の疲労寿命をシミュレーションで計算する方法を研究しているとこでした。実験設備もいろいろ整っていてシミュレーションと実験と両方できるところでした」
——そうした基礎的な研究はやはりヨーロッパが強いのですか?
「ヨーロッパは重点的にある課題に特化した研究所が結構あるのです。私が行ったとこは複合材料だけの研究所です。KITの“ものづくり研究所”は3階建てですが、カイザースのそれは5階建てで、面積は“ものづくり”の2倍はあったと思います。研究スタッフだけで120人いました。この研究者たちは教育は一切しません、研究だけで良いのです。
その頂点にプロフェッサーと呼ばれる人が3人いて、その方たちは大学の教授であり、研究所のプロジェクトリーダーでもあります。研究費を取ってきたり、外部から研究テーマを見つけてきたりと、そのような仕事をしてます。組織は完全にピラミッド型でプロフェッサーの下にチームリーダーがいてさらにその下に研究員がばーっと並んでいるという感じです。
私がいた頃、研究費は半分は国の助成金、半分は民間企業。それで120人分の給料も賄っているから、大学から補助金一切なし、大学とは完全に独立の組織となってました」
——そうすると複合材料の研究では世界有数ですね。
「私の見るところ、あれだけ揃っている所はないです。ドイツはそれぞれの大学が特色を出しているのです。
アーヘン工科大学では高分子材料だけに特化した研究所があります。それから新谷先生( http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/2009/04/post-10.html )のお弟子さんの加藤 秀治先生はアーヘン工科大の加工関連の研究所に行ってました。加工関係も有名です。その他、カールスルーエ大学だったら原子力といった具合です」
——民間からの研究費はどんな企業からもらってくるのですか?
「私がいた頃はフォルクスワーゲンとかベンツとかBMWなど結構来てましたよ。でも何をやっているかは教えてくれない。研究所に入っても守秘義務は厳しいのです。そのプロジェクトに関与していない人には一切分からない形になっている。BMWの人が来て何かやっているなということは分かりますが、中で具体的に何をやっているかというのは教えてもらえないのです。
私も研究所に最初に入る時に“ここで知り得たことは一切口外しません”と誓約書を書かされました」
ドイツをはじめとするヨーロッパのものづくりの基礎的な研究に関してはマスコミなどでは情報が少ない。どうしてもアジアやアメリカが中心となってしまう。中田先生の経験はとても貴重なものと言えそうだ。
——そもそも先生はどのように研究テーマを選んだのですか?
「富山県の工業高校出身で大学に行くつもりはなく就職するつもりだったのです。でも高校の先生が“君は大学に行った方が良いよ”と勧めてくれたのです。しかし、国立は難しそうだし、などと考えていたら、隣の石川県に私立の工業大学があると聞いてKITを受け入ったのです。
もともと機械好きなので機械工学を勉強し、4年の研究室選びの時に宮野・杉森研究室で光弾性装置を見せてもらったのです。こんな面白いものがあるのかと驚きました。光弾性というのは透明なプラスチックに、ある方法で光を通すと、内部の力の状態が可視化でみるのです。きれいな縞模様で見えるのです」
——でも複合材料に進んでしまった。
「光弾性は理論的な検討が多くてどうも性に合わないと思い始めた。そんな時に複合材料と出会いました。鉄は溶かして固め、さらに切削したりとものすごく大掛かりな設備がないとできない。ところが複合材料はテーブルの上でちょちょっとやれば簡単に作れるのです。それでいて鉄よりも強くて軽い材料だという。これは面白い材料だなと。やり始めたのが修士1年の時ですから25年前です」
——それでも、なかなか鉄にとって替わりませんね。高いからですか?
「値段が高いということもありますし、それから強度の信頼性ですね。車でもバンパーなどには以前から使われていますが、重要な強度部品に使われたのがトヨタのレクサスです。経年変化など分からないところはまだまだあるのです」
耐久性評価方法の確立を目指す
中田先生が研究している複合材料は主にCFRP(炭素繊維強化プラスチック)だ。CFRPの経年変化については、中田先生の師匠、航空システム工学科・宮野靖教授( http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/cat66/ )のインタビューを参考にして欲しい。
——今後の課題は何ですか?
「今やらなければいけないと思っているのは耐久性評価方法をきちんとすること。実験的には、こういう方法を使っていけば何とか予測していけそうだと分かっているのですが、では本当にそうですかと聞かれた時に、こういう理屈なのだからこうですよ、だからこの方法は安心して使えますよといえるとこまでやっていかないといけない。今、それがないのです。また、長期の予測方法を飛行機とかロボットなど応用分野でどのように使いやすく拡張していくかなど、さまざまな課題があるのです」
中田先生がオープンキャンパス用に高校生向けに書いた研究室紹介のスライドはとても分かりやすく書かれている。学生に対する普段からの丁寧な指導ぶりがうかがえた。