2019.04

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

ソナーでロボティクスへの応用を

カテゴリ:ロボティクス学科
2019.01.29
 

ロボティクス学科 太田 和彦 教授 太田先生は、当時学生運動の盛んだった京都大学から防衛大学校に入って研究を続けられるというユニークな道を歩んで来られた。マサチューセッツ工科大学留学の際、タイタニック号探索で世界的にも有名な米国ウッズホール海洋研究所で研究されたこともある。研究歴の一端をうかがった。

――先生は京都大学の理学部を卒業されて、すぐに防衛大学校数学物理学教室の助手(教員)になられています。京都大学は学生運動の本場。珍しいケースですね。

 「在学時、京都大学の学生運動のピークはもう過ぎていましたが、入学式や卒業式では途中から赤ヘルの活動家が入ってきて妨害したりすることはありました。とは言っても流血騒ぎにはなりませんでしたが、オーケストラ構成の学生が脱兎のごとく会場から逃げ出していったのは今でも覚えています。もちろん大事な楽器のためです。

 理学部在学中は素粒子の研究も夢見ていたのですが、古典力学や流体力学など勉強するうちに美しく完成された数式に惹かれ、また防衛大学校教員採用のための公務員試験に合格したこともあり、そのようなことが研究できるかと防衛大学校の教員として入庁しました。」

――防衛大学校の助手というのは学生に何か教えるのですか?

 「その学科の物理実験の指導などを行います。このとき応用物理学科と数学・物理学科の二つの学科から募集があったのですが、数学・物理学科の教授が大学の先輩だったこともあり、そこに入ることになりました。その教授の元では私が8人目の採用と知らされ、理由の詳細は定かではありませんが、前任者達は皆どこか別のところに転出していったようです。そこでの研究対象は放射線関係だったのですが、前述のように自分の興味のある分野ではなかったこともあり、結果的には私も1年で防衛技術研究所の方に移らせてもらいました。」

――そこではどのような研究を?

 「ソーナー、水中音響の研究です。SONARとは"Sound navigation and ranging" の略で水中を伝わる音波を使って水中を探る装置です。海中では深度方向の圧力と水温変化により音速が大きく変化し、また海面反射や海底反射の影響で海中音場は複雑に変化するのですが、それを予測するためのシミュレーションの開発やその検証のための海上実験などを行い、論文に載せるほどの成果が得られたところで、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学することになりました。博士課程に受け入れてもらうためにはQualifyの試験をパスしなければならないのですが、当時は力学、数学、音響など5科目の筆記試験と3科目の口頭試験に加えて研究成果の発表などがあり、大学受験の時以上に勉強した記憶があります。口頭試問では黒板に書かれた問題を見て、その場で解答。当然ですがQ&Aは英語、最も緊張した場面でした。」
 
――でも、それに無事合格されたわけです。

 「はい、背水の陣でしたので。Qualify試験の初日は米国を中心とする多国籍軍がイラクに反撃を開始した日、即ち湾岸戦争の始まった当日で、今でも忘れられない日です。

 研究はMITと提携関係にあるウッズホール海洋学研究所で行いました。MITが位置するボストンとウッズホールと130kmくらい離れていて、東京-前橋や沼津間くらいの距離なのですが、MITでTA(ティーチング・アシスタント)を行わなければならず、シャトルバスで4時間かけて往復しなければならなかったので結構なハードワークでした。」

実験船について説明する太田先生音響トモグラフィーで海底も探る

――ウッズホールでは何を研究されたのですか?

 「水中音響による音響トモグラフィーです。医療関係でCT (Computed Tomography)という言葉を聞かれたことがあると思いますが、これはX線を使って人体の内側の映像を把握するもので、要は手を入れて掻き分けて見ることのできないようなところを観測するのがトモグラフィー技術です。私の研究アイテムは海中で計測可能な音波を使って海底下の音響特性を探るためのトモグラフィーです。」

――具体的には?

 「海底面近くの底質成分そのものは実際にサンプリングすれば分かりますが、音響特性を把握するには水圧も考慮する必要があります。水深10mごとに約1気圧増えるのですから、例えば水深100mだと10気圧です。水圧で押し固められた海底質を地上にもってくると音響特性も変化してしまうので、現場でそれらを計測する必要があります。さらに海底面から数10mまで掘るには特殊な道具を要するうえ、掘り出す過程で底質の音響特性を変えてしまいます。ですから、音波を使ったトモグラフィーにより、海底下の音響特性を把握する必要があるわけです。ではなぜ、海底下が重要かと言いますと、今日、東シナ海とか浅い海域が問題にされているからです。」

――海底の資源ですか?

 「資源もそうですが、海底資源は経済産業省等の管轄で、防衛省としては防衛面での別の問題があるのです。

 東シナ海のような浅い海域では、音波の伝搬過程で海底反射が多くなります。すなわち、海中では深さ方向に水温や水圧の変化により音速が変化するため、音波は直進せずに屈折してしまい海底に当たることになるのですが、浅い海ではこれを何回も繰り返し伝搬していくことになります。さらに厄介なことに、低い周波数では音響パワーの一部は海底下に透過していき、その後、屈折や多重反射の影響で再び海中に戻ってきます。この結果、これら音波の干渉効果により、海中では非常に複雑な音場が形成されることになります。

 この音場の把握が海洋で用いるソーナーの探知能力を予測する上で非常に重要となってくるのです。具体的には、その日の水温、波浪、風浪や運用する海域の海底形状に加えて、海底下の底質が浅海域でのソーナーの探知性能を左右します。つい先程まで探知していた目標音が突然聞こえなくなったりするようなことが起きるのですが、それはソーナーの調子が悪くなった訳ではなく、海底質を含む海洋環境が変わり到来する音響パワーが弱くなってしまったからです。従ってソーナーの探知能力を左右する音響環境を予測することが非常に重要となるわけです。このため普段より、各海域の海底下のデータベースをあらかじめ構築しておくことが、探知性能の予測精度を確保するうえでは不可欠であり、前職場の研究所ではこのような類の研究に長く携わってきました。」

――KITではどのような研究を?

 「ロボティクス学科においてソーナーを利用した海中探査ロボットや水中ドローンなどの研究を行っています。当大学には能登半島に穴水湾自然学苑という素晴らしい施設があり、そこの海を使った海上実験により極浅海域での音響通信や海中ロボットの性能評価などが実施できるため、私の研究室の学生も随分その恩恵を受けていると思います。」

太田先生はソナーの専門家 太田先生から伺うことができた防衛技術の話は、公開されている一般的なものだけだったが、それでも普段はあまり触れることのない分野で面白かったものの、ここに紹介できたのはごく一部で残念だ。

< 前のページ
次のページ >