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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

航空産業界のニーズにあった研究を

2014.06.18
 

航空システム工学科 小栗 和幸 教授 小栗先生は豊田中央研究所に11年9カ月、三菱重工業に19年3カ月勤務されたという企業研究者として非常に珍しい経歴の持ち主だ。肩書きだけでも技術コンサルタントを名乗る資格十分だ。数多くある開発実績の中からごく一部をうかがった。

----先生は名古屋工業大学 金属工学科を卒業され、大学院は東北大学に進まれました。どのような研究をされたのですか?

 「大学では金属材料、特に鉄鋼です。俗に水素脆性(ぜいせい)といって、水素が鉄鋼の中に入ると脆性、もろくなって破壊してしまうという現象があります。その水素脆性がどうして起こるのかという基礎的な研究をしていました。具体的には鉄鋼材料の引張試験をしながら、水素を入れると硬くもろくなるかどうかの実験確認です。

 大学院は東北大です。わざわざ遠くの東北大に進んだのは理由があります。名工大の私の卒業研究の研究室と東北大の先生が逆のことを言っていたのです。簡単に言うと、名工大では鉄に水素を入れると硬くなると言っていたのですが、東北大では鉄に水素を入れると軟らかくなると反対のことを言っていたのです。

 ならば、どちらが本当か見に行こうかという感じで(笑)。今思うと、よくやったなと。若かったのでしょうね」

----それはすごいですね。自らの疑問のためだけに遠くの大学院に行くなんて。失礼ですが東北大のほうが金属研究では有名ですよね。

 「有名です。ですから、ある意味では、名工大の先生がよく戦いを挑んだという感じがあるのですが」

----それで、東北大大学院に進まれて、水素と鉄の話はどちらが正しかったのですか?

 「何て言いますか、どちらも言っていることは正しい。名工大の先生は実際に使われている材料に水素を入れると硬くなる、もろくなると。それは実験で確かな事実です。

 一方、東北大は基礎からやっていますから、実際に使われている鉄ではなく、純度の高い鉄を使っていた。こちらの鉄では水素を入れると軟らかくなるのです。ちょっと論点が違っていたのです。私自身が実際に実験して確かに結果は違うよなと(笑)」

----鉄に水素を入れるというのは具体的にはどうするのですか?

 「実験的には比較的簡単で、いわゆる水の電気分解をやってやれば良い。引張試験をしながら、電解液を入れた小さな水槽を取り付けてやって、鉄ですから電気を通しますから、鉄の側をマイナスにしてやって、プラスの電極を入れてやって電気分解してやる。そうすると水素イオン(H+)が鉄の中に入っていく。

 引張試験をやると、応力-ひずみ曲線がでてきます。ある時点でポンと電気を入れてやると、そこから水素が入るので、硬くなれば上がり、柔らかくなれば下がります。非常にきれいな結果がでます。結局は使う鉄の純度によって、結果が連続的に違うということです。

小栗教授は「モノを良く見る、いじる、実際に試す」が信条----東北大で修士を終えて、豊田中央研究所に入社されます。ここはどんな会社ですか?

 「トヨタ自動車がメインにデンソーやアイシン精機など、いわゆるトヨタ系の会社が資本を出して作った会社です。ほとんどトヨタ自動車の中央研究所のようなもので研究しかやっていません。一応、独立した別会社という形になっています。ここに11年9カ月いて転職しました」

----その転職先が三菱重工というのもスゴイですね。スカウトされたのですか?

 「いいえ。昔、リクルート社が出していた技術者専門の転職雑誌"TECH B-ing"というのがありました。あれをパラパラやっていて。三菱重工の募集広告を見て面白そうだと。直接、連絡してコネも何も無く。

 車関係から航空宇宙関係に、自分の専門分野は変えずに、適用分野を変えたということです」

----さらりとおっしゃいますが普通の技術者が簡単にできることではありません。同じエンジニアでも会社の雰囲気は変わりましたか?

 「そうですね。入る時、当然面接があって、三菱重工の航空宇宙部門の研究部長に言われたのは"車は調子が悪くなってエンジンが停まっても、道の横に止まるだけですが、飛行機は調子が悪くなったら落ちますから。そこはよく肝に銘じて下さい"と(笑)。入っても信頼性の考え方とか。材料一つとっても、材料そのものの純度とか、本当にちゃんとした材料かという規格の問題まで。それは全く違うと言うと語弊がありますが、相当違います。ただ、三菱重工のほうが自由な雰囲気はありました。意外と思われるかもしれませんが」

飛行機の電磁波シールド窓を開発

----先生は豊田中央研時代のダイヤモンドライクカーボンコーティングを始めさまざまな技術的成果をあげられています。新しいものでは三菱重工での飛行機の窓の電磁波シールドで注目されています。

 「飛行機は、航法に使う機器などが電磁波の影響を非常に受けるので、機内でみんなが勝手にWi-Fiやインターネットを使い出すと、窓から電磁波が漏れて自分自身の機体に悪影響を及ぼします。あと、さえぎるものがないので地上のアンテナに勝手につながってもいけない。このようなニーズがあるのです。

 飛行機のアクリル窓は電波をつうつうに通すものですから、窓は電波を通さないようにして、機体に取り付けた集中アンテナだけで衛星や地上とコミュニケーションをするという方法であれば、電波の干渉も無く安全に機内でネットを使うことが出来ます。そのための一つの方法として、窓に極めて細かい導電性のメッシュを入れることにより電磁波をシールドする窓を開発したのです。ボーイングにアピールしたらフライト試験をやろうということで05年に、737の実機をつかってフライト試験をして良好な評価を得ました。

 その後、機内ネット接続に関しては、別の手法が主体になってきましたが、最近日本航空に続いて全日空も導入を進めています。便利になってきましたが、国際線の機内でも仕事のメールに追われるようになるのは嫌ですよね(笑)」

開発した電磁波シールド窓を説明する小栗教授----縁あって2012年にKITに来られました。こちらではどのような研究をしていく予定ですか?

 「航空機を対象としてステルスの技術や金属疲労の研究をやりたいです。これからの航空機は複合材料が主流になりますので、複合材料を接着する前の処理、塗装する前の処理も重要です。あと、私は薄膜をもともとやっていたので、薄膜関連とかも。この4本は柱で進めていこうと思っています。学生は真面目で良く言うことをきくのでこれからが楽しみです」

 先生は自らを謙遜して「小心者と思っています」と仰るが、かなり思い切ったチャレンジ精神旺盛な方だと思う。原点はやはり自分の好奇心を満たすためだけに遠くの大学院を選んだ青春時代にあるのではないか。

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