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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

建築有効活用には経営のセンスを

カテゴリ:建築デザイン学科
2012.11.14
 

建築デザイン学科 円満 隆平(えんまん りゅうへい)教授 東京駅がリニューアルし話題となり多くの観光客を集めている。一方、全国の住宅地には使われることのない「空き家」が増加し大きな社会問題となっている。古い建築をどう現代に蘇らせるかは建築界では今、一番ホットな課題と言っても良い。円満先生は長い間、大手のゼネコン清水建設でこの問題に取り組んで来た。

——清水建設ではどんなお仕事をなさってきたのですか?

 「初期は土地の活用です。バブルのころですから遊休地や工場を移転した後の土地利用や、ショッピングセンターや住宅団地などの基本設計まで手がけていました。

 土地の有効活用という話はバブルのころはいっぱいあったのですけれど、バブルがはじけるともう全然なくなって、仕方ないので既存の中古建物の有効活用をしていました。

 会社としても新築が減り、改修・修繕工事がこれから増えるので、そちらに力を入れていこうということがありました。建物の診断をして、あとどのくらい持つのだろうかとか、壊して建て替えたほうが良いのか改修したほうが良いのかとか。あるいは用途変更したほうが良いのか。コンバージョンという言葉を聞いたことがあると思いますが、建物をこれからどうしたら良いのかということを技術的にまとめて、お客様に分かり易く説明するという仕事をやっていました」

 コンバージョンとは英語で「 conversion 」。元々は「変換」とか「転換」と言う意味で、建築用語では既存のオフィスビルや倉庫を住宅や商業施設に変えることだ。どちらかというと石造建築が多い欧米のほうが盛んで、有名な例では駅舎からミュージアムになったパリのオルセー美術館などがある。

——30年以上前、倉敷アイビースクエア(岡山県倉敷市)というホテルに泊まったことがあります。そこは明治時代に建てられたレンガ作りの紡績工場を1973年に改修してホテルや商業施設にしたものと聞いています。あれなどは日本でのコンバージョンの走りですかね。

 「そうですね。当時、建物はもてはやされたけども、まだあの頃は高度成長で、新築が当たり前で、なぜあのようなことをするのかという時代でした。確かに先見の明があって、去年もおととしも泊まりましたが立派な所ですね。

 バブルがはじけた90年代中頃から、これからは新築ではなく既存の建物の時代、改修・修繕の時代というふうになって、そっちを強化するということで、土地活用の舞台から建物有効活用の部署に移ったのです。

——コンバージョンなど具体的に携われたお仕事の中で何か思い出が多い例はありますか?

 「コンバージョン自身は実はなかなか難しい。私が営業で仕掛けたのですが、コンバージョンをなし遂げたという例はないのですよ。

 簡単な例でオフィスビルをマンションに変更しようとします。そうすると、例えば各戸にお風呂を付けなければいけない。浴槽は結構重いのです。床はそれに耐えなければならないから場合によっては補強する必要が出てくる。それから上の階の振動・騒音は日中気にならないのですが、夜になると気になるのです。住宅だとそれも考慮しなければならない。そういうことがなかなか難しく、結局、コンバージョン自体を会社の仕事として成し遂げたことはないのです」

——金沢市内のホテルを再生したことがあるそうですが?

 「これはコンバージョンではなくて、古いホテルの再生です。築後20数年たってぼろぼろになってきたけど、改修する資金もない状態でした。

 そこで私と、文系ですがビル経営で事業計画専門の部隊がいまして、さらに設計、診断担当の人間とがチームを組みました。まず建物診断をして、さらに財務諸表など全部貰って経営分析もしました。

 最初は外壁のタイルが落ちただけのですが、現場に行ってみたらとんでもない、部屋なども汚くなっていました。そこでいろいろな提案をしました。例えばツインベッドの部屋をゆとりのあるシングルにしたらとか。それから厨房を全部変えて動線を短くすると従業員も減らせるでしょうと。全部メニュー化して実現すると8億円ぐらいかかるのですがそこまでは出してもらえませんでした。でも、この再生できれいになり客足も戻って来たのです」

円満先生の身上は「楽しくなければ仕事じゃない」——大きな建築の再生は単なる建築学科の知識だけでは不可能ですね。

 「事業計画の専門の部隊が要るのです。それから資金調達の相談とか、不動産関係、不動産投資顧問的なのは結構いますね。総合建設業の大手5社は、みんなそういうのと設計と現場と一緒になって仕事をする。だけどお客さんから見れば設計は設計の話しかしないし、現場は工事の話しかしないし、営業はお金の話しかしないため、誰の話を聞いていいのかと。大体お客さんは素人なので、分かり易く説明する取りまとめ役が必要なのです。

 金沢のホテルが良い例ですけれど、お客さんは“どこが具体的に悪いか分からないんだけれど、もう大分古ぼけてきたので見てよ”と言ってこられます。診断は専門の職人的な人にやらせて、総合的にそれを指示します。例えばここは耐震が重要だから耐震診断を、あるいは設備が問題というなら設備診断をといった具合です。

 全部、チェックすると耐震も駄目、設備も駄目、内外装も駄目というのも結構多いのです。それで全部直すと8億円や10億円もかかってしまう。お客さんは“そんな金ないよ”となる。では優先順位をどうするのか? それをお客さんと話ながら“では耐震は置いといて、とにかくきれいにしましょう”とか“やはり耐震が重要だから耐震にしましょう”とか決めていくわけです」

ビジネス激戦区では勝てばいい

——そうすると、地域性や各企業の内部事情など、全部対応が異なってくる。金沢市内はホテルがたくさんあって再生してペイするのかと思ってしまいます。

 「確かにその時に市場調査をして金沢市内は全国トップクラスのホテル激戦区です。今も新しいホテルが建設中です。しかし、激戦区というのはそれだけ市場がある証拠だからそこで勝てば確実な収入が期待できるのです。過剰だから止めておこうというのは実は素人考えなのです。

 私も業務上、経営者の方と話をすることが多くなり、自然と経営の重要性、センスを学ばせて貰いました。KITでも環境と経営の両立というのを研究室のうたい文句にしています」

 「ゼミでは全員に財務諸表の本を読ませます」と円満先生 円満先生はその経験をかわれ、金沢市、石川県に限らず北陸各地の自治体の調査や活性化の相談を受けるなど活動の場を広げている。これからの街の再生は単なるデザインだけでなく経済や経営のセンスが必要というお話はとても説得力があった。

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