小松先生は日本溶媒抽出学会の会長などを務め、海外の研究者との幅広いネットワークで知られる。その多彩な研究歴の原点をうかがうことからインタビューは始まった。
——数学一家で育ったそうですね?
「父は小松勇作といって、旧制金沢医大から東大数学科に進んだ数学者で、専門書も多数著しています。東工大の教授になり、図書館を初めて造ってその館長も勤めました。母親の兄は矢野健太郎といって、やはり数学者で数学の入門書を多く書いてます」
——私が学生の頃は、数学者といえば矢野健太郎さんでした。素人にも数学を分かり易く面白く解説した本には大変、お世話になりました。その数学一家でどうして化学に進まれたのですか?
「うちはみんな数学で、紙と鉛筆で座ってばかりいるけど、僕はワンパクで体を動かす方が得意だった(笑)。中学・高校の化学の先生の影響でしょうか。リトマス試験紙など視覚に訴える実験を多くしてくれて子どもの興味がわくようにしてくれました。
僕はどちらかというとモノづくりよりも基の物質の変化に興味がでてきた。数学は嫌だったけれども、まあまあ出来た。だから、ものの動きでよく分からないのが、数式的に解析すると割と予測できるというのが面白かったんだ。
例えば最初に化学反応で色がつきました。順番に行くと次はどこで色がでるかということが分かると、次に再現しやすくなりますよね。次から次へとそうやって進むことができる。
僕の専門の溶媒抽出というのは現象が一番見やすいのです。物質には気体・液体・固体とありますよね。気体というのはちょっと試してみたことはあるのですが、メチャメチャ難しい。ちょっと漏れたりするとアウト。あっと言う間にダメになる。一方、固体というのは反応が遅いのです。すると、ものの現象で一番分かり易いのは液体で、水と油のように液体と液体の中での反応を見るのが溶媒抽出で、それが面白くてずーっとやってきたのです」
溶媒抽出については藤永薫先生( http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/2009/01/post-4.html )のインタビューでも解説した。固体または液体に適当な溶媒を加え、その溶媒に溶ける成分を溶かし出す分離法だ。衣類についた汚れをベンジンで取るシミ抜きは身近な溶媒抽出だ。古い携帯電話など廃棄物から有用金属を回収する「都市鉱山」の中心となる技術も溶媒抽出だ。小松先生と藤永先生は、溶媒抽出の世界的権威ヘンリー・フライザー教授のいる米国アリゾナ大学に留学中からのご縁だ。
——先生も都市鉱山は研究されているのですか?
「今、自動車会社から研究費をもらってやっているのはマフラーを分解した時に出るプラチナや金です。昔は表面塗装をして、クロムとか危ないものが入っているから、このような危ないものを環境中に出さないようにと捕まえた。溶媒抽出の層を通すと有害な金属を取り除けるのです。しかし、今はクロムを全部使ってはいけない事になりました。変わってマフラーの中のプラチナを取り出そうと。都市の廃棄物の中から大事な金属を回収できれば、日本は世界でもベスト10に入るくらいの資源国家なのです」
——水の浄化も企業と組んで研究されているそうですが。
「はい、水もやっていますが水だけではないです。例えば半導体のシリコン基板から不純物を取り除くこともやっています。例えば、誰でも使っているUSBのメモリー。昔は32MBぐらいだったのが今は同じ大きさで200倍、300倍入っています。このようなことが可能になったのも溶媒抽出とイオン交換なのです。
でも、もう不純物を取れる限界まで近づいています。それを乗り越えた会社が勝つと思いますが、安く造らなければならないし難しいです」
——どのような所が難しいのでしょう。
「使える溶媒というのは1種類ではなく、何万種類とあります。クロロホルムとか、それぞれ全部、融点、沸点がありますよね。目的の金属を取るのに合わせて圧力も違います。水は100度で蒸発するというのは1気圧の話で。原発なんかで流している水は270度もあります。圧力がかかっているからです。
ある圧力で液体にできるかできないか、それを考えるのが研究なのです。何を対象にしていて、今何で困っているかによって作業工程を作るのです。それがどろどろに溶けているのなら、原料が粉末の段階で不純物がどこまで取れるか、それが効率がいいか、温めて溶かしてから遠心分離すれば、重さが違えば遠くに行きますから。
いずれにせよ、場合、場合によって千差万別です。その御蔭でわれわれの研究はずっと続けられるわけです」
溶媒抽出とイオン交換が柱
——先生の研究のもう一方の研究の柱、イオン交換というのは?
「例えばわれわれが最初にやったのは片野の鴨池の富栄養化を抑えることだった。特定の植物プランクトンが大量発生した。あれはアンモニウムイオンが多いと起きると分かっていた。そこで原料にナトリウムが入っているゼオライトを投入しました。池の中に入れるとアンモニウムが入ってきてナトリウムが出る。入れ替わるようになっているわけなのでイオン交換というわけです。なにも反応させる薬品は必要とせず、くっつける能力がある材料を作るのがわれわれの仕事です」
——ゼオライトは福島原発の汚染水処理でも注目された物質ですね。
「ゼオライト、ゼオライトと一口におっしゃいますが、これは大体、沸石と呼ばれる天然もの。火山があるとこならどこにでもあります。アルミケイ酸塩の中で結晶中に大きな空隙があるのが特徴です。天然だけでも200何種類もあります。それとは別に能力の高いものを人工的に作ってますから、全部でその何倍もある。それらを混ぜる比率や焼成温度を変えて、より効率のいい物を作っている最中です」
——KITは測定装置・分析装置は充実しているとか。
「分析機械はみんなうらやましがりますね。日本の大学の中でも相当良いと思ってます。一言でいえば“どの元素でもどの濃度でも測定できる”ほど完備しています。あとは学生さんがどれだけ有効に使ってくれるかというところが問題です」
筆者はどちらというと化学は苦手で、残念ながら小松先生のお話になる内容をすべて理解できたかどうかは疑わしい。しかし、学生たちも海外へ積極的に派遣する、研究への情熱の一端は感じる事ができた。