ユニークな研究者が多いKITだが、出原先生の博士論文はひときわ異彩を放っている。題名だけ聞いたら、とても理工系大学の研究者の論文とは思わないだろう。
題して「三浦梅園“玄語図”の形成原理と図言語体系に関する研究」。三浦梅園は江戸時代の豊後国(現・大分県)の医者だが、仏教書や西洋天文学など膨大な書を読み、独自の世界観、哲学を打ち立てた思想家だ。「玄語」は梅園の思想体系を表したもののひとつ。梅園には一部の識者に熱狂的支持者がいるが、一般的には有名とは言い難い人物だ。
先生の現在の専門は視覚情報デザイン、CGだ。いったい梅園とどんな繫がりがあるのだろうか?
――先生の研究の出発点は何だったのですか?
「もともとは学部は東海大学理学部の情報数理学科を出て、コンピューターメーカーのシステムエンジニアをしてました。その頃、私が働いていた時のコンピュータというのはWindowsが出るか出ないかというころで、ビジネス用はインターフェイスは命令語をいちいち打ち込むのが主流でした。
でもお客さまのシステムを作る中でやはりインターフェイスが非常に重要だと気がついたのです。それで単にコンピュータ科学を学んでいるだけでは足りないと思い、デザインの勉強をしてみたいと考えたのです」
——なるほど、それで美術系の大学に行かれたのですね。
「それに家族もデザイン系の人間が多いのでもともと興味がありました。父は通産省でデザインに早くから着目しCGなども手がけていました。
そこで武蔵野美術大学の大学院に入り直し、さらにコンピュータを取り入れたデザインを早くからやっていた神戸芸術工科大学に移りました。その時の学科主任は山口勝弘さんといって日本のメディアアートの先駆者で有名な方でした。他にも杉浦康平さんというグラフィックデザインで高名な作家もいらっしゃいました」
——そうそうたる顔ぶれです。
「はい。その神戸でCGをやりつつも逆に過去へとさかのぼってみました。インターフェイスで文字言語とそれと対照的な図的言語という、情報を図で表すものに興味を持ちました。図を調べていく内に日本で昔、面白い図を表した人がいることを知りました。それが三浦梅園だったのです。
梅園が描く図は玄語図と呼ばれ、哲学書の中に文章と図が両方書かれているのです。この図の形が妙に面白いなと思って調べてみたら立体構造を表していることが判ったのです。それでCGを使ってシミュレーションしてみたのです。
梅園は東洋の思想と西洋の思想の両方を自分の中に吸収して独自の思想を作り、東洋的な陰陽思想を立体化し、それを平面に投影したのではないかというのが私の解釈です」
——それを立体化した模型が韓国の博物館に展示されたそうですね。
「南揚州市というところに09年、実学博物館がオープンしました。韓国で近世のころの思想をもう一度見直そう、韓国のアイデンティティを考えようという動きがあって、できた博物館です。実学は儒教から経済学から地学、天文学まで入ります。
韓国が偉いのは自国だけでなく周辺の国、中国、日本の当時の学問も展示しましょうということで梅園も選ばれたのです。しかも梅園関連として私の立体図を模型として展示してくれたのです」
日本でも韓国でも同じ「実学」と漢字で表すが実は意味が違っている。日本では空理空論ではない実用的な学問という意味の一般名詞として使われることが多い。しかし韓国で言う「実学」は出原先生のおっしゃるように17世紀後半から19世紀前半、朝鮮王朝が支配する学問に対向した韓国独自の思想を指し、決して一般名詞ではないのだ。
そうした博物館に日本から出原先生が考えた梅園関連の模型が展示されたのは国際的な快挙でもある。
ARを使ってプロモーションも
――最近はどのような研究を?
「日本人の図的表現を集めて整理することを続けています。西洋の書物とかが大量に入ってくる以前に、日本人がどのように図を使っていたのかということを広い分野で収集してまとめてみたいと思っています。
学生たちとはなるべく新しい表現方法を追求していこうと情報伝達をする方法とか文化を表現するコンテンツを作ったりしています。
今は縁があって街中でやるイベントとかプロモーションにCGやITなどのメディア技術をつかってインタラクティブな興味をひくことを研究してます。」
——具体的にはどんなことですか?
「金沢市のファッションストリート“堅町”(かたまち)で開かれた記念イベントなのですが、うちの学生たちがテナントだけでなく、そこに働くスタッフたちの魅力も伝え、買い物をする楽しさを感じてもらいたいというコンセプトに沿って企画からコンテンツづくりまで挑戦しました。
お客は配られたカードをカメラに向けると、目の前のスクリーンの中にはカードの上に実際には存在しないキャラクターが乗っているのです。カードを動かすとキャラクターも動き回りセールの内容を伝えます」
——訴える力がありそうです。
「これはAR(Augmented Reality, 拡張現実)という技術です。カメラで撮った映像にCGをあたかもそこにいさせるようにみせる、合成する技術です。ただ、1枚1枚のカメラが撮った画像にべたっとCGを張っても違和感がありますよね。ところが、このカードにマーカーという四角形が印刷してあります。このマーカーの空間情報とCGの空間情報を一致させることで違和感がでないのです」
最先端の技術を開発しながら、江戸時代からの日本人の図にも興味を持つという出原先生。最先端と伝統の二つがうまく融合した時に何が出てくるか楽しみだ。