最近、国民的に関心を呼んだ科学関連ニュースといえば、何と言っても小惑星探査機「はやぶさ」の帰還だろう。2003年に打ち上げられ、小惑星「イトカワ」に到達し表面のサンプリングを試みて、再び地球を目指し途中で何度も通信途絶しながらも2010年に約60億kmの長い旅を終え、無事地球にカプセルを落下させて燃え尽きた。
こうした遠く離れた探査機や人工衛星との通信に欠かせないのがアンテナだ。牧野先生は30年にわたって三菱電機で衛星搭載用のアンテナの研究に取り組み、07年よりKITに。三菱でアンテナといえば別段信一先生もKITにおられ、このインタビューで紹介した(http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/2010/02/post-24.html)。
――「はやぶさ」も成功したし、日本の宇宙通信関連のアンテナ技術は国際的にかなりのレベルまで行っているのですか?
「いやいや、予算が全然少ないですから・・・。米国はNASA(米航空宇宙局)、ヨーロッパはESA(欧州宇宙機関)、日本はJAXA(宇宙航空研究開発機構)が宇宙関連の研究をまとめています。あまり変わらないように見えますが、現在のアンテナの状況や将来の動向などは、ヨーロッパが企業や大学に研究資金をばら撒いて先行しています。
アンテナ研究の成果を発表するワークショップみたいなところを時々、聞きにいくのですが先端的な技術は全部ヨーロッパです。米国は理論をよく発表します。しかし、軍事関連が多くなかなか表に出てこないのです。
ヨーロッパは本当に理論に基づいたものを作っていて、素材や作り方も研究しています」
――ヨーロッパが進んでいるとは意外ですね。やはり国際学会などに良く出ていないと分からないですか?
「その通りです。学会で日本からも何か出すものありませんかと聞かれるのですが、恥ずかしくて出せないです。全然違います。
同じアンテナを1枚作るのでも、ヨーロッパだったら軽くて精度が良い材料を作って実際に飛ばしています。日本はまだまだです。
人工衛星は信頼性がすごく大事です。日本ではそのために部品レベルで良いものを集めて全体で良いものを作りましょうというレベルがずっと続いています。
ところがヨーロッパでは本当にぺらぺらで軽いものを全部一体化して作ってしまうことが進んでいる。複雑なジャングルジムに見えるようなアンテナでも3次元CADで一体化して設計、性能も全部シミュレートしてしまう。
企業や大学の機械屋さん、電気屋さん、材料屋さんが一体となって開発する。それを指導するのがESAなのです。日本ではこのような開発はあまり聞いたことがありません」
――宇宙関連での遅れはちょっと心配です。
「どこの国でも宇宙と防衛というのが一番先端の技術です。そこのトップから生まれた技術が民需にどんどん転換されていく。
私が77年に三菱に入ってすぐ実習でやらされたのがインテルサットという衛星のアンテナですが、チタンとカーボンの組み合わせで出来ています。カーボンは軽くて熱に強いということで使われ始めていました。
それが今はカーボンシャフトとしてゴルフクラブや釣竿にも使われています。」
――先生の最近の研究の一つはアレイ(array)アンテナだそうですが。
「普通、アンテナというのは大きな1基のアンテナ。別段先生が作ってきたのはまさに直径20,30mくらいの大きなアンテナ。要するにアンテナは大きければ大きいほど弱い電波を受けることができる。あるいは弱い電波を強くして出せることができます。
一方、アレイアンテナというのは1個1個が小さいです。直径数cmというのもある。1個では小さくて弱い電波を受けられないが、何百個、何千個と沢山並べてトータルとして大きなアンテナにしてやる。ちょうどトンボの複眼みたいにしてやる。
また、小さい目玉がいっぱいあることで、電子的に制御してやるとビームの方向や形状を瞬時に変えることができます。
ただ、そのためには1個1個のアンテナに受信器や移相器という高価な電子回路をつけなくてはなりません。
現在、どこかの国から変なものが飛んでこないかということでレーダー網が配備されていますが、まさにそういうアンテナです。飛行場のようにゆっくりで良いものは機械的にグルグル回していますが、ミサイルのように一瞬でやってくるものには間に合わないのです」
――性能は良いけど高価なのですか?
「受信器も移相器も高くて何十万円もするのです。これが何個も並べばそれだけ全体が高価になるわけです。われわれが現在、やっているのは1個に1つ回路をつけるのではなく、例えば2個に1つにすれば価格は半分になるのです。
しかし、簡単にはいかなくて位相のズレを調整するのは微妙で難しいのです。でも電子部品を減らせれば高性能なアレイアンテナを衛星に搭載できるようになり性能が一層上がります」
衛星用のアンテナではヨーロッパが進んでいるというのは牧野先生から初めてうかがった。ジャーナリズムでは宇宙開発というと、宇宙飛行士とか探査機とかの派手な話ばかりしか伝えられないが、こうした地味な話も重要だろう。長い間、企業の第一線で働いておられ、最新の情報を得ている人のお話は説得力がある。