KITの心理情報学科は全国でも珍しい「工業大学の心理系」だ。人間の心の動きを分析、総合して将来のものづくりへの応用を目指す。
08年には最新鋭の機器を備えた「感動デザイン工学研究所」(神宮英夫教授のインタビュー参照、http://kitnetblog.kitnet.jp/koizumi/2009/01/post-5.html#more)も完成し、より高度な研究開発が可能となった。
伊丸岡先生は金沢大文学部で心理学を学んだ後、大阪大学大学院で医学博士を取得した「文理融合」の申し子だ。専門は視覚認知という、モノの見え方と脳の関連を追及する学問。
――元々は文系だったのですか?
「修士まで完全に文系の心理学です。修士の頃、脳機能計測がかなり一般的になってきて、私も計測を体験する機会がありました。
ちょうど、その頃は心理実験だけではちょっと掴みきれないというか、本当に人間のことを調べられているのか自信がなくなっていた時期でした。やはり脳機能というとこからアプローチしなければ分からないと思って博士課程で脳機能計測をしたいと阪大に移ったのです。
――そもそも心理学をやろうと思ったきっかけは?
「心理学でなければいけない、というきっかけはないです。大学は行動科学科で、もともと私はコンピュータに興味がありました。ただ、コンピュータ、そのものを研究するのではなく、それを使って人間を調べる、人間に働きかけたいという漠然としたものがあっただけです。
なので、分野としては文系みたいなことをやりたいと思っていたのですが、高校生の頃、本当に大学で文系に行ってしまうと本を読むだけではないかと心配していました。
たまたま目にした大学パンフレットで文系なのにコンピュータに向かっている写真が載っている学科があって、それが行動科学科だったのです」
伊丸岡先生が学位を取った脳機能計測とは生きている脳の各部の生理学的な活性をさまざまな方法で測定し、画像化したりすること。脳の構造を画像化すすることはCTをはじめ、診断や研究のため古くから行われていたが、機能を画像化すする試みは80年代から盛んになってきた。
測定する機器としては機能的MRI(核磁気共鳴)やポジトロン断層法(PET)、近赤外線分光法(NIRIS)などがあり、神経細胞の電気活動を可視化する方法として脳電図や脳磁図(MEG)がある。
――阪大での脳機能計測は何を使ったのですか?
「MRIです。スキャナーの中で被験者の方にいろいろな課題をやってもらうのです。私の場合は視覚認知なので、実験はやり易いです。スクリーンさえ用意しておいて、指先で操作してもらい、その間の脳の様子を計測するわけです。どういう課題を与えた時に、脳のどこが光るかというレベルの場所探しはほぼ終わったと思います。
今まで心理学ではいろいろなモノを見せて覚えるというときに、その覚え方によって心の動きはこう違いますよと、すごい細かいところを説明してきたのですが、脳で測ってしまうとほぼ差がないのです。大体、同じ場所が光るということになります。
そうすると、人間の心というものを理解するために、場所探しだけでは限界があるかなと。今イメージングではどうなるかと言うと、幾つかの場所が活動するので、その活動と場所間の関係はどうなのかというネットワークの話にならざるを得ないのです。」
学習障害児の支援も
――ここ、「感動デザイン工学研究所」では、どんな研究を?
「研究所が出来て、目の動き、視線を計測できる機器が新しく入りまして、これにはまっています。単なる計測ではなく、計測した結果をリアルタイムで反映させることができるのです。
大学の内と外で二つの共同研究をやっています。その一つが学習障害児の問題。この中に文章を読むときの“読み障害”というのがあって規則的に目を動かしながら文字や文章を追っていけないというタイプの子供がいるのです。
そのような子供に対して現場の先生はレーザーポインターみたいなもので文章を指し示してやるらしいのです。カラオケみたいなものですね。
しかし、この視線を追う機械があれば、子供は今、端末の画面上の文章のどこを読んでいるか判るので、その先をちょっと赤くしてやるといった芸当ができるのです。
ここは臨床心理学の研究者もいらっしゃるので協力して障害をやわらげ、その効果を客観的に評価するという支援と評価ができるのではと願っています」
――研究所の最終目標である「ものづくり」へ活かせそうですか?
「ずっと実験室の中で終始する実験や研究であってはいけないと思っています。ただ、モノというのを広くとらえないと厳しいです。実体を持ったモノだけでなく、システム、例えば教育システムだってモノだといった具合に。
また“感動”というのは感情の一つではないので、すごく複合的なものです。ですから感動を解析して理解しようとすると迷路にはまるのでは」
コンピュータを使って人間を研究したいという初志を貫いている伊丸岡先生。文理融合の研究者は話を聞いていると、やはり考え方が柔軟だ。何か新しいモノが生まれそうな気がする。