新しいモノ造りの方法が世界中で試みられている。しかし日本の場合、これまで成功してきた高度な技術を駆使した先端製品に頼りすぎてなかなか他の方法を見出せないでいる。従来型のモノ作りに頼るだけでは世界市場で勝負できないという現実がある。
例えば携帯電話やパソコンなど。日本製は機能過剰になりすぎて外国では売れないという現象が起きている。孤立してしまい世界の進化とは別の途を行くという意味で「ガラパゴス化」と呼ばれている。
一方、米アップル社のiPodのように、技術的にはそれほど画期的な製品でなくても新しいコンセプトやライフスタイルを提示し世界のベストセラーになった商品もある。
こうした状況の中、金沢工業大学は2008年3月、感動デザイン工学研究所をオープンした。コンセプトは「心理学をものづくりにどう生かすか?」だという。
真新しい研究所を訪ね神宮英夫所長に聞いた。
――感動デザイン工学とは初めて聞きました。
「若い人たちと研究所を作る議論をしていて浮かんできました。最初は"感性"デザイン工学としたのですけれど,"感性"は結構使われていて新鮮味がない。そのころ企業コマーシャルで出始めていた"感動"に注目しました。今、製品に求められているのはいかに消費者の心を揺さぶる製品を生み出すかです。
似たようなことは欧米の大学ではエンジニアリング・サイコロジーと呼ばれていろいろ試みられています。"ものづくり心理学"とでも訳せるでしょうか」
――先生はもともと心理学の出身ですか?
「はい。人が時間をどうやって感じるかという時間知覚を研究していました。光は目、音は耳といった専用の器官が時間にはないのに人はなぜ時間がわかるのかということです。学芸大学という教員養成の大学で、技能学習、つまり上手にピアノを引くにはどうすれば良いのかなどを追及していました。時間知覚と体の動きとはうまくタイミングを取るという重要な問題だったのです」
――それと現在の研究の関連は?
「一方、鑑賞教育というのがありまして、絵画や音楽ならば、画家や作曲家がその作品を創った意図をきちんと把握するにはどうしたらよいかと考えるものです。この芸術作品を、例えばキリンビールの"淡麗生"に置き換えても同じ問いかけが可能です。つまり作った技術者はキレのあるビールを目指していても、お客様が同じようにキレのあるビールと感じるかどうかということです。構造は同じなのです。そこでいろいろな企業から相談を受けて繋がりがでてきました」
八束穂キャンパスに誕生した研究所は最新鋭の設備が揃っている。メインのスタジオは200インチの大画面に2次元だけではなく3次元映像まで投影できる。3台ある「モーションチェア」は、テーマパークの乗り物のように前後上下左右に自在に動くことができる。また、特殊な装置で、観客に「香り」や「触った感じ」を提供できる。例えばサーフィンの映像ではイスが波の動きに合わせて動き、サーフボードの振動が指先に伝わり、鼻先に汐の香りが漂うといった"全体的"な「感動」を演出できる。
その他、ドーム型で映像が観客を包み込む「高臨場感ディスプレイシステム」や脳内の血流量を測定し、脳活動をリアルタイム画像で観測できる「光トポグラフィ」といった装置が並んでいる。
感覚情報を生かす
今までのITやマルチメディアでは人間の「視覚」と「聴覚」を刺激するだけだった。この研究所が目指す感動コンテンツには「触覚」、「味覚」、「嗅覚」の情報をプラスしようという意欲的なものだ。筆者(小泉)もIT関連のイベントなどでインターネットを通じて「触覚」や「匂い」を遠隔地に伝える試みを何回も見た経験があるが、いずれも実験の段階で、それが実用化したという例を聞かない。だからこそ挑戦しがいのあるテーマといえるだろう。
研究所は稼動し始めたばかりなので、まだどことなく閑散としている。ここが学生、企業人が集まって活気のある梁山泊になれるがどうか。神宮教授のお手並みに大いに期待したい。