このブログでも紹介してきたようにKITには多くのロボット研究者がいる。南戸教授もその一人だ。しかし、先生の専門はロボットにつきものの機械工学や制御工学ではない。南戸教授の専門は何とセンサーなのだ。しかも匂いを感知するセンサーだという。南戸先生は焦げた匂いを感知して火災を防止するロボットをメーカーと共同で開発した。
――匂いを感知するセンサーの開発のきっかけは?
「太陽電池などに使われる透明電導膜の研究をしていた時のことです。この膜はジンクオキサイドという酸化物で非常に透明で、しかも電気抵抗が低い。
学生と一緒に、毎日スパッタリングという薄膜作成法で膜を作って、その電気抵抗を計るのですが、研究室に置いておいたら、電気抵抗がどんどん変化するのです。透明導電膜は当然ながら安定的に抵抗が低く保たれなければならないのですが、置いておくと抵抗が上がってしまうのです。
それで学生と調べてみるとジンクオキサイドの表面でいろいろなガスが反応して、半導体の中から電子を取ったりすることで抵抗が変わるということが分かったのです。表面反応で抵抗が変わるなら逆にガスセンサーが作れるのではないかということで始めたのです」
――失敗と思われるような偶然の発見の特性を生かす、まさにセレンディピティの瞬間ですね。
「そうですね。私はいろいろな分野をやってきたので、そういう面では気がつきやすい。透明電導膜を作る仕事としてはネガティブな結果なのです。当時、指導する学生も多かったので、次の年の4年生にテーマとしてガスセンサーをやってみようということで、やり出したのが匂いセンサーの研究をやるきっかけです。
電導膜の研究でも少しずつ研究費も入るようになって、それで実験装置も買えるようになりました」
――最初に作られたロボットは?
「メーカーと共同で“番竜”というのを作り、これは商品化されました。これは多分、世界最初の匂いセンサー付きのロボットだと思います。1台200万円の限定50台で完売しました。
その次が猫型です。赤と白に塗られ高さ120cmあります。指定された経路を巡回しタバコの匂いを感知すると、警報を鳴らし管理しているパソコンに状況を表示します。カメラも付いていて現場簿状況も確認できます。一般的な火災報知機ですとかなりの熱や煙が発生しないと検知できませんが、このセンサーはタバコの火がくすぶっている状態の匂いで反応するので早期発見につながります。
総務省の研究費で3年間、研究した成果です。九州大学の先生と福岡県のメーカー・テムザックと共同開発したものです。」
「いや、違います。4種類のセンサーが付いています。ガス全般、タバコの煙に含まれる水素、水素とガス全般、アンモニアの4種を検知できるセンサーで、それぞれのセンサーの感知度合いや反応した組み合わせからパターン認識するのです。
――次の目標は何ですか?
「実はロボット屋さんが中心になりまして、2009年の5月にベーダ国際ロボット開発センターというのを社団法人で九州に作り、私も参加しています。システムバイオロジーで有名な北野宏明氏や九大、早大の先生の他、ドイツ、イタリアの研究者もいます。ベーダというのはインドの古典神話にリグ・ベーダというのがありましてベーダは命、知識の意味だそうです。その名の通り、医療、福祉、生活支援など命に関わる分野で社会貢献できる最先端のロボットを開発していこうというわけです。
この中でセンサー屋は私だけですが、こういう研究拠点が出来たものですから、私も医療、福祉などを意識しながらセンサーの開発をしていこうと思っています」
――先ほど、「いろいろな分野」のご経験があるということですが、一番最初は何を研究していらしたのですか?
「もともとは放射線と物質の相互作用が専門です。KITで電気工学科を出た後、金沢大で修士、大阪大学の原子力で学位を取っています。阪大は基礎的な研究でしたが、今では原発などで働く人が使う被爆線量計として実用化されています。その人がある期間に浴びた放射線の量が積算してわかる計測器具です。
阪大時代、神戸の女子大で非常勤講師をしたこともあります。これは非常に楽しい経験でした(笑)。
KITに助教授で帰ってきたのですが、ここは原子力工学科がないので放射線の研究は諦めざるを得ない。大学の時、お世話になった先生が薄膜を作る装置を持っていらしたので、それを譲ってもらって半導体、透明導電膜の研究に乗り出したのです。ちょうど、半導体の研究が世界的に活発になっていた時でした」
これで南戸教授のお話の始めに戻ることになる。先生はその他、健康診断で使うX線の診断装置に使うイメージセンサーでもメーカーと組んで多くの成果をあげられている。
ロボットは多くのテクノロジーの集積だ。先生の幅広い研究活動が今後もロボットとして凝縮されていくことだろう。