昨年(09年)の政府の事業仕分けで、この発言と共にすっかり一般市民にもお馴染みになったのがスーパーコンピュータ(略称・スパコン)という言葉だ。
事業仕分けは政府が2012年稼動を目指す大型プロジェクトの次世代スパコンの話。スパコン自体はその時代、時代に最高性能を出す科学技術用の高性能コンピューターのことだから、何十年も前から存在していた。
スパコンが威力を発揮するのは科学の分野ではナノレベルの分子の振る舞いから超巨大な銀河の衝突まで自然現象のシミュレーション。一般レベルの利用では気象庁の天気予報で使われ、予報の精度を上げた。産業分野で一番利用が進んだのは何と言っても自動車業界だろう。わざわざ粘土でモデル車を作らなくてもシミュレーションで新車の空気力学性能がすぐ分かるようになるなど新車の開発時間が格段に短くなった。
山部先生は96年にKITに来られる以前、長い間、日産自動車の総合研究所に勤務しておられた。日産で「ものづくり」に最初にシミュレーションを使ったパイオニアだという。
――「ものづくり」のシミュレーションとはどんなことをするのですか?
「車の衝突とか空力とかの分野では50年ぐらいの歴史があるのですが、ものづくりはそれより遅れてスタートしました。
社内にはCADデータがたくさんあるのです。それは設計にしか使われていなくて、そのデータを何とかものづくりに使えないかと始めたのがプレスの成形技術ですし、プラスチックの成形技術なのです」
――自動車でプラスチックといってもあまりピンと来ませんが。
「意外と知られていないですけれど、車で重さの2割ぐらいはプラスチックです。当時、私が始めた頃は1割もいかなかったです。プラスチックは軽いので体積でいうと4割近くになります。
でも、衝突性能や振動、熱特性ということを考えるとプラスチックは鉄にはかなわない。プラスチックは第二次世界大戦が終わってから急激に出てきましたが、せいぜい歴史は80年。鉄は3000年です。
でも日産は新しいもの好きなのでいろいろやらせてもらいました。一番、思い出のあるのはバンパーです。それから、あまり知られていないですけれども、ガソリンタンク、あれも大部分がプラスチックなのです。バンパー、ガソリンタンク、この二つだけが内製であとのプラスチックは外注です」
――バンパーなどを作る時はどこが難しいのでしょう。
「バンパーを作るには金型が必要です。金型の中にプラスチックを流し込むのです。その金型作りにお金がかかるのです。あと時間もかかるので、その設計手法というか、コンピュータを使って、いかに早く、安く、品質良く作るかという研究をしていました。それがある程度、形になってきたので実際の舞台でやれということになりました。
当時は試作型を2つ作って、量産型をまた2つと計4つ作ります。バンパーの金型は1個約1億円もするのです。前と後ろがあり、車種が違うと全部違うので年間約30種あるので4型作って実験するとなると費用だけでなく時間もかかります。それでシミュレーション技術を導入しようとしたのです」
――金型にプラスチックを流し込むのが難しいのですね。
「射出成形という技術ですが、金型は熱交換器なのです。つまり熱いものを溶かして、それで冷やして形を作っているのです。ということは、いかに熱をうまく均一に取るかという、流し込むだけでなく、いかに冷やしていくかというところがミソなので、その冷やし方が簡単ではないのです。
例えば、火山が爆発するとマグマが出てきます。ゆっくり冷やされたものが花崗岩です。急に冷やされたものは軽石です。密度が全然違います。それと同じで、うまく冷やしてやらないと性能を発揮できないのです」
金型技術で生き残れ
――金型技術は奥が深い!
「プラスチックだけでなく鋳造もそうですしプレスもそうです。プレスも単にバンと押しているのではなく、1回押して1回止まり、また押して最後にグッと押すとかいろいろな金型技術があるのです。
結局、ものづくりというのは機械加工以外全部、金型の転写技術なのです。私は日本が世界で生き残っていくためには、この金型技術が重要ではないかと思っています。
DVDの次に出てきたブルーレイ・ディスクがありますよね。あれはプラスチックです。ブルーレイの裏側には何十億というピットが転写されているのです。ナノのオーダーで凸凹が入れてあるのですが、ちょっとでも変形すれば読めません。このような技術はなかなか真似できません。日本はこのような分野でやっていかなければ生きていけません」
山部先生、難しい話を専門用語を使わずに易しく解説するのがお上手で語り口も明快だ。学生にはなるべく企業人と接触するように指導しているという。この4月には「産学協同担当」の副学長に就任された。