鈴木教授はKITに迎えられる前、長年にわたってトヨタ自動車で環境研究や幅広い視点にたった環境対策に携わってきた。現在、リコール問題等で苦境に立たされている感があるトヨタだが、鈴木教授からうかがった同社の表には出てこない周到な気配りと長期的な戦略がある限り、この苦境も遅かれ早かれ乗り越えていくのではないかという気がする。
――大学で地球化学を学ばれて自動車会社というのも珍しいのでは。
「配属されたのは、材料技術部というところです。材料を研究するのかと思っていたら分析をやるところに配属されました。製品環境ということで材料の分析はせずに環境の分析、自動車の排ガスだったり大気環境の分析をやりました。その他、車外騒音や新しい燃料、フロン対策などが全て、製品の環境分野の中に入ってくるのです。その開発推進みたいなことです。
早く言えば、規制がどういう動きになるか、それを予測して開発をどのくらいの速度でやらなければならないのか。開発をうまく進めるためには、どういう体制というか、人や組織が必要かとか。そういうことをちゃんと準備して企画・推進する部署でした」
――すいぶんと先を見て対処していく会社ですね。
「結局、公害が騒がれ始めた頃は、どちらかというと企業は国や自治体から"対策をやらされた感"が強いのです。
工業地帯では町を歩くと、ワイシャツが汚染された空気で真っ黒になると言われました。私たち一般市民は被害者ですけど、大気をもっときれいにしなければいけないということで、規制がどんどん強化され企業はそれに対応したわけです。おかげで今はどこも空気がきれいになりました。この時期は企業はやらされ感が強かったのです。
ところが、ある時からトヨタはがらっと変わったのです。環境のいろいろな規制来れば来るほど、これは全部ビジネスチャンスだという考えに変わったのです。
そのような対策をしないともうやっていけないぞ。人、モノ、資金をそのために相当注ぎこんでいきました。そのような先を読んだ対応をしていった結果として、今日のトヨタがあるわけです」
――先生はトヨタで全般的な環境問題を扱っていたのですか?
「そうですね、製品にかかわる環境問題は全部、私のところで。製品環境委員会と言う事務局をやっていましたから。
そこでずっと製品環境をやってきたのですが、途中から車を作るということでなくて、車を捨てる処分するという段階の話が持ち上がってきました。つまり、車のリサイクルです。実はこのリサイクルもトヨタの場合は私が入社する以前からしっかりとしたことがやられていたのです。1970年には豊田メタルという金属を回収する会社を発足させていたのです」
――それはまた、ずい分前から準備していますね。
「これは本当かどうか分からない話ですが、佐藤栄作首相が当時の豊田英二社長に"あまり作るばかりでなく、後のこともちゃんと責任を持つべきだ"という話があり、それに社長が感銘を受けてそのような会社を作ったと聞いています。
ところが、以前から古い車の処分をビジネスにしている人たちもいるわけです。そこにトヨタのようなビッグカンパニーが手を染めるということは利権を侵すような感じになるわけです。そこで、お互いに共存するためのビジネスモデルを作り上げたのです。
例えば、エンジンなどの有用なもの、欲しいものを事前にとっていただいて、最後に残ったドンガラの処理を全部、つまりボディを細かく破砕して有用金属を取るというところは私たちが行うという協力関係及び信頼関係が出来たのです。
そうした会社で、古い車の残りを破砕しても金属というものはいろいろ回収できるのです。回収した金属類が、トヨタ系列の会社でいろいろな金属とブレンドされて、特殊鋼となるのです」
都市鉱山を先取り
――ゴミの中から貴重金属を回収する"都市鉱山"を先取りしていた。
「しかし、これだけでは不十分で、リサイクル法などがヨーロッパで施行されると、車の設計そのものを変えないといけないのです。
例えば鉄の中に真鍮とか銅とか別の金属が入ってくると、それを分離するのは容易ではありません。鉄は銅が入ってくると素材として良くないのです。車にはワイヤーハーネスという配線の束がたくさん使われています。あれは銅なのです。モーターにも銅は多く使われています。まとめて破砕すると全部混ざってしまいます。
銅をきれいに分けられるようにしてあげると鉄にいいわけですが、それは設計上非常に難しいことです。しかし、それを可能にするのも技術力なわけです」
鈴木教授はその他、トヨタ時代、他メーカーと協力して自動車排ガスの生体影響研究に関する設備を日本自動車研究所に建設し、窒素酸化物よりディーゼルの黒い煙のほうが影響の大きいことを突き止め、日本の自動車工業会の進むべき方向をまとめるなど、環境を軸に仕事をしてきた。
この鈴木教授の豊富な体験をもとに研究室ではキャンパス内の環境対策、災害時の環境保護施策など、現実に即した研究を展開しているという。
インタビューはトヨタ時代にご自身が作られた膨大なプレゼン用のスライドを見せて頂きながら行われた。具体的なデータが盛り込まれた貴重な現代技術史の史料という感じだった。