KITには06年に完成した「情報フロンティア研究所」がある。名前だけ聞くとITの最先端を追求する研究所のように思えるが、ITを駆使して先進的介護医療を提案するのが狙いという。ITはあくまで手段で、来たるべき超高齢化社会に備えるのだ。
永瀬教授は長い間、NTTで基礎研究に携わり91年からKITに来られ、現在、この研究所の所長だ。
――ITを使った先進医療というとまず病院を考えますが。
「病院には大きな情報システムがもちろん入っていますし、大型計算機、電子カルテ、パソコンも膨大な数が入っているのですが、どうしても病院の中でクローズしていて外との連携はまずないです。
医師不足なので、ある病院の先生が別の病院に来ていたりと、お医者さん同士の交流はあるのです。流動的に動いています。ところが患者さんが、ある病院から出て他の病院に行く時、カルテが電子化されて共有されれば便利なのですがまだできていません。できるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。」
――それは残念です。何かとっかかりはないのですか?
「できそうなところから始めようということで、この前までやっていたのは病院と薬局の電子化です。病院から出る院外処方箋にQRコードを付けて、薬局はそのコードで調剤します。QRコードは携帯電話や航空券などで情報のやり取りに使っている2次元コードです。これを付けることで事前にファックスをしなくてもすみます。薬局ではパソコンで情報をパッと読み取って間違いなくすぐに薬を出せます。このパソコンと連動して粉薬を自動的に調合する機械もあるのです。」
――当然、それは実用化されたのですね。
「いや現場試験で終わっています。実用化まで行っていません。病院がその投資をしたところで、薬局ですぐ薬を出せるだけでは病院にはメリットが少ないので新たな投資になかなか踏み込めません。でも、われわれは次に磁気カードを使って、患者さんがどんな薬を使ってきたかという薬歴管理のシステムを企画しています」
「ものすごく仕事をこなしておられますね。教育と外来の他に大学病院では研究もあります。打ち合わせを2週間に1度くらいするのですが、その他の時間はびっしり埋まっているのです。何であれだけ仕事をこなせるのかよく分かりません。いろいろなサポートがあるし、助ける人が集まってくるのかも知れません。
永瀬教授は医学関連ではその他、地域にある訪問看護センターから派遣された看護師が測った患者さんの血圧や心電図などのデータを携帯電話などですぐにセンターに送り返せるシステムも開発中だ。現状では看護士がデータを溜めセンターに戻ってから処理するので手間のかかる作業になりデータも半日ほどのズレが生じるという。
眼が不自由でも美術を楽しめるシステムを
永瀬教授が取り組んでいるもう一つのテーマは福祉やユニバーサルデザインに近いものだ。中でもユニークなのは視覚障害者のための美術鑑賞の支援。これは眼の不自由な人が美術館で一人で歩くことができて作品の解説を受けるというシステム。
――どうして美術館なのですか?
「先天的な方には難しいかもしれません。後天的な方に芸術作品を説明したり触ってもらったりします。視覚障害者の方にはいろいろな支援があるのですが、例えば駅や歩道にあるブツブツの点字ブロックは置けません。景観の問題やデザインにこだわるので。特に鑑賞室の床は大理石でツルツルだったりします。結局、天井に細工をして赤外線や電波で人の位置を感知して、そこにスポット的に解説を流せば良いわけです」
――電波というとレーダーのようなものですか?
「部屋の中でところどころから電波を出しておいて、部屋のどこが電波が強いか弱いかという等高線のような電波地図を作っておきます。そのデータを持って中を歩いて行きどの周波数の電波がどのくらいの強度かを測定すれば自分がどこにいるかわけです。ただ、この方法ではその人がどこを向いているかはわかりません」
――美術館では説明を聞くイヤホンがありますが。
「日本ではほとんどが端末の番号を押す方法なので視覚障害者には使えないのです。韓国のサムスン美術館には絵の前に立つと自動的に説明が流れるようになっていてかなり進んでいます。ただ、完全に自分で歩いて行かないといけないので杖を使う以外ないのです。しかし美術館では作品破損の恐れがあるので杖は使えません。サムスン美術館でも視覚障害者のことは考えていません。恐らく館員が誘導しているのでしょう。」
永瀬教授は今までに白山市の工房で能面の展示会で誘導と解説の実験を行った。また現役の美術作家に依頼して製作過程の途中の絵や工芸を作ってもらっている。これも視覚障害者に実際に触ってもらい、どこまで理解してもらえるかというチャレンジだという。
病院のIT化、訪問看護センター支援、視覚障害者の美術館ガイド、その他にも服装デザインのCADなどにも幅広く挑戦している。