鈴木准教授は2回、ドイツに留学している。この2回の留学には歴史的に有名なドイツ人兄弟が関係してくる。18世紀から19世紀半ばにかけ活躍したフンボルト兄弟だ。兄のヴィルヘルム・フォン・フンボルト(1767-1835)は言語・教育学者で外交官としても活躍、ベルリン大学の創始者でもある。"フンボルト理念"を提唱したことでも知られる。
「ドイツに行って良かったなと思っていることの一つは、フンボルト理念を身をもって知ったことです。この理念は教育と研究の一体化ということで、教授はいつも最先端の研究を追い求め、最新のテーマを見つけてきて一生懸命研究し解決する。その中に学生を一緒に取り込んで、その新しい発見や問題解決のプロセスに学生を巻き込んで教育するという。これを否定する人もいるのですが、できる限り私も、学生と一緒に面白いテーマを見つけてきて問題解決を楽しもうという感じですかね」
"フンボルト理念"はそれまでの封建的な大学を近代化する考え方とされ、事実、その後ドイツ科学は第二次大戦前まで世界を凌駕する。鈴木准教授はいわば近代大学の原点に立ち、研究と教育の関連を意識することができたわけだ。
先生の2回目の留学はアレクサンダー・フォン・フンボルト財団からの奨学金による。同じフンボルトでもアレクサンダー(1769―1859)はヴィルヘルムの弟で、博物・地理学者で探検家でもある。功績は「フンボルトペンギン」や「フンボルト海流」として残る。彼の業績を顕彰して海外の優秀な学生をドイツに留学させるのがこの財団だ。フンボルト理念とフンボルト財団、ドイツの偉大な兄弟は今でも世界に影響を与えている。
鈴木准教授はウルム大学の工学部・計測制御マイクロ技術研究所に留学した。
――制御の分野に入ったきっかけは?
「小林伸明先生の授業がきっかけです。私はもともと数学が好きで、制御工学はすごくきれいに体系化された数学と言えます。数学の式だけで、このシステムは安定だ、不安定だというのが判定できるのです。そこが面白いと思ったのです」
――しかし、現実は理論通りにうまく行かないほうが多いのでは?
「もちろん、そういうこともあります。でも世の中の制御の流れは大きく分けて二つあって数式モデルをきちんと厳密に立てて、それに対しコントロールをかけていく方法と、対象は良くわからないけど"まあ大体こんなものだろう"と思って制御をかけるという方法です。ひと頃流行ったファジイ制御やニューラルネットなどです。
人間のように数式モデルをたてられないものもありますが、もしモデルがたてられるとしたらモデルを使ったほうがきちんと制御できるのです」
こうした制御理論を使って小林・鈴木研究室が取り組んでいるのは「社会に役立つものづくり」をテーマとした福祉関連機器の研究開発だ。
具体的なモノを見たかったので研究室を訪問した。廊下で学生たちが取り組んでいたのは既存の車椅子に装着できるパワーアシスト装置の調整。坂道でも簡単に上がれる電動補助自転車はかなり普及して一般的になったが、その車椅子版だ。完成すれば便利に違いないが、多くのタイプの車椅子に取り付けるのはなかなか難しそうだ。
「車椅子の研究は01年ごろからやっています。この他には片手だけで動かせる車椅子ですね。体の片方だけマヒした人のために、マヒした側の車輪をモーターで動かしてアシストしてあげる仕組みです。また車椅子はスロープを横切ろうとすると、どうしても谷側に落ちるのですが、それを防止して真直ぐに横切れる研究などです」
研究室ではその他、センサーを用いないで、モノを壊さずに上手に掴めるロボットハンド(力のセンサーを使えば簡単だが、感覚をフィードバックさせる高度な制御が必要)や患者さんの残った身体能力をうまく利用するリハビリ機器などのいろいろな開発がところ狭しと行われ活気を帯びていた。
問題設定が重要
鈴木准教授が学生指導で最も力を入れているのが問題設定だという。
「ものづくりでもわれわれは加工法やプログラミングなどはあまり学生に指導しません。
それよりも力を入れるのは一番最初の問題設定で3か月ぐらい時間をかけます。寝たきりの患者さんの床ずれ防止装置開発のときは県のリハビリセンターに調査に行かせ、まだこのような問題が残っていると十分に調査をして問題設定をさせているのです。」
このような周到な準備によって初めて「単なるものづくりで終わらず、その先に魂を埋め込むことができるのです」
日本の大学は長い間、米国流の大学を模範としてきたが、今やその効率至上主義に限界も見えてきた。その時ドイツで学んだ鈴木准教授のような、"魂を埋め込む"ものづくりの姿勢はこれからますます重要になってくるような気がしてきた。最先端の制御理論を「研究」し 学生を福祉機器作りで「教育」するという鈴木研究室はフンボルト理念が生きている。