建築の構造形式の一つにトラス(truss)とよばれるものがある。細くて短い金属や木の部材で三角形を基本として組み合わせていく形式だ。良く知られているように多角形の中で一番単純な三角形が一番力学的に安定している。トラスは一般の住宅やオフィスに使われることはあまりないが、軽くて丈夫なため店舗や展示場など広い空間を覆う必要がある時には屋根の構造として良く使われる。変わったところでは今年、若田さんらが乗り込む予定の国際宇宙ステーションも基本構造はトラスだ。
西村准教授は大学卒業後、太陽工業株式会社に入社した。同社はこのトラスと空気膜構造を得意とする会社だ。有名なところでは東京ドームの屋根を担当したことで知られ、NHKの「プロジェクトX」でも紹介された。同社はその前1970年の大阪万博でアメリカ館の空気膜構造を手がけ、一躍注目されていた。
西村准教授は同社にいる10年近くの間に全国津々浦々の現場で100個所以上のトラス建築を設計してきた。金沢では泉が丘のトヨタカローラ営業所だ。夜になるときれいに見える建築だという。
――トラス建築を実際に建てる時に難しいのは?
「部材はコンピュータのデータを工場に送って、ミリ・オーダーの精度で作られます。
鉄も伸び縮みをしますので、建てる時がどの時期か夏の一番暑い時か、冬の寒い時とかを考えて、どれだけの温度を与えておかないといけないかを考慮しなければなりません」
――設計以外ではどんなお仕事を?
「会社時代の最後のほうですが、ちょうど2000年に建築基準法が大きく変わりました。そのためにどんな準備をしなければならないかという対策ですね。もうコンピュータで設計して次から次へと仕事をこなさないといけない状況でしたので、そのため早く設計できるツールを開発したりしていました」
西村准教授の現在の研究テーマは「構造物の安定限界の解明と合理的な構造形態を生成するデザインツールの提案」だ。平たく言えば建物が壊れるぎりぎりの条件はどんなものかを解明し、簡単に合理的な構造を設計できるコンピュータのツールを作ることだ。
こうした研究に携わるきっかけになったのはある実験だ。1990年に大阪でおこなわれた世界花博で太陽工業が施工したドーム型のパビリオンを博覧会終了後に壊すことになった。しかし、ただ壊すのはもったいないというので実物実験をすることになった。
その一つがドームの頂点から下に力を徐々に加えていくもの。これはちょうど建物を上から力を加えて押しつぶしていくことと同じだ。この時、このパビリオンはある限界で壊れるのだが、その前に建物の一部が一つの方向によじれるように回転するという思いもかけない壊れかたをしたのだ。ドームはほぼ球体だったので力は均一にかかり、壊れるのも均等につぶれていくはずだった。
西村准教授は入社して、その思いもかけない壊れ方をした実験の結果を聞いた。そこで大学院で使っていたコンピュータによる複雑な構造解析を応用してみた。するとピッタリと実験結果と同じ壊れ方をすると出たのだ。
「それ以来、この手の立体的なものをトラスを含めて研究し続けています」
「毎年、学生の好みもやはり変わっていきます。今は日本の伝統的な建築を対象に、どのような条件でどのような力を加えていけば壊れるのかやらせています。そうすると実験をしなくてはならないので興味を持ってやってくれます。
なぜ日本建築を選んだのかというと、現在の普通の建築だと土台にしっかりと固定されているのですが、伝統建築は土台の上にただ置いてあるだけなのです。ただ重たいのでちょっとそっとでは動かない。しかし、ある限度を超えるともしかして倒れることもあるのではという考えです」
ダンスする柱?
――何か面白い結果は出ましたか?
「複雑な建築に取り掛かる前に、柱一本の倒れ方の実験をしてみました。一本の木の柱を立てて土台を揺らしていきますと、もちろんある強さでパタッと倒れます。しかし、条件を変えていろいろ試してみると、強く揺らしても柱は倒れずクルクル回りながらちょうどダンスをするような動きをしたのです。丸い柱だけでなく四角い柱まで似たような動きをしました。何故、そうなるのか調べさせていくと分岐問題という複雑な事象につながることも分かってきました。
このように、なるべく単純で面白い問題を見つけて学生に考えさせるようにしています。去年の学生は空気膜構造に雪が積もっていくと、どうやってつぶれていくかという数値シミュレーションをしました」
西村准教授は、自分が長年追求してきた研究テーマと学生の興味、関心とをうまく結びつけていくのに成功したようだ。建物が壊れていくのは単純な現象ではなく複雑な事象だ。地震国・日本ではまだまだこれからも必要とされていく研究に違いない。