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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

目でみることの情報処理を解明する

カテゴリ:心理情報学科
2015.07.02
 

心理情報学科 吉澤 達也 教授 ヒトが物を見て認識するのはわれわれ一般人が思っているほど簡単なことではない。目と脳の複雑極まりない相互作用の結果なのだ。吉澤先生はコンピュータによる画像処理から始まって、生物物理学、実験心理学といった領域にまで足を踏み入れ、しかもカナダ・マギル大学、米国・ニューヨーク大という超一流の国際的な環境で視覚について研究されてきた。

----先生は長野県出身で東京工業大学の電気電子学科に入学されました。なにかきっかけはあったのですか?

 「電気電子で何かやりたいというより、東工大で、そこの偏差値が一番高かったのです。たまたま、おじが東芝に勤めていてディスプレイが3行ぐらいしかないけど本体が巨大な、ごく初期のワープロの開発責任者だったこともあります。コンピュータにもある程度興味はあったので。

 実は高校の時、本当は法学部に行きたかったのです。しかし、現代国語の成績が相当悪くて諦めたのです。しかも試験を受けている時はほぼ満点だと思って解答しているのですが、いざ返ってきたのを見ると・・。解っていると思って、結構自信があって書いているのだけれど、毎回全然。それで法学部は」

----東工大の学部時代はどんな研究をしたのですか?

 「学部は東工大で授業も受けていたのですが、東大の生産技術研究所で卒論も修論もやりました。当時、旭化成で画像処理用のワークステーションを作っていて、それに載せる品質検査用のアプリケーションの一つを担当しました。

 不織布という、織らないで熱や圧力で圧縮して繊維を束ねてつくる布があるのですが、その布の中で繊維がいろいろな方向を向いているか、圧着している部分の面積が一定かどうか、等間隔になっているかどうか。そのようなことが品質に影響するので、それをコンピュータで自動的にやろうと」

----では博士課程もその延長で?

 「修論を書いている時に、コンピュータを用いたアルゴリズムで解析していても、実際われわれが物を認識している場合とはだいぶ結果が違うのですね。人が見たらパッと分かるのに、コンピュータは分からないと。でも逆もあるので、本当の意味で認識させるのであれば、ヒトの視覚のことについて分からないと駄目だろうと。

 そんなことを考えているときに、たまたま東工大の池田光男先生が書かれていた視覚を心理学、物理学で分析する本を読んで同じ東工大で、そのような先生がいらっしゃるならドクターは東工大でやろうと。今までの画像処理とかほとんど関係なく一からやり直したのです」

----研究の方向を変えて、97年からカナダのマギル大学http://www.mcgill.ca/に留学されます。日本ではあまり聞かれない大学ですね。

 「モントリオールにあるカナダで最も古い大学で世界的に有名です。この1校だけでA・ラザフォードを始め10人のノーベル賞受賞者を出しています。医学部は世界のトップ10に入ると言われています。この医学部の眼科付属研究所に4年近くいました」

----そこではどのような研究を?

 「物が動くのが見えるということは、対象と背景と分けますと、対象が動くわけですね。対象が動いているかどうかを知覚するためには、簡単に言うと、対象と背景が画像上切り出されないといけないですね。その切り出す情報は何を使っているかというと、輝度の差を利用して背景から輪郭を形成しているのです。逆に言うと、輝度差がなければ検出できないことになります。かなり以前からこうした実験をしている研究者がいて、確かめられています。

 ところが、これに反する事例が80年代後半から言われ始めたのです。たまたま私が行ったマギル大学で、運動の知覚に本当に色が寄与しているのかを調べている先生がいて、それをやることになったのです」

実験装置をチェックする吉澤教授----物の運動の認識に輝度や色が関係しているのですか?

 「そういった状況はあまり普通の生活の中では見かけないのですが、そのような仕組みが使われているのが影ですね。対象物が写真に撮られれば、光の当たっている方向と反対のところに影ができます。そこを黒いと思っているわけじゃなくて、影だと思っているわけですね。

 照らされている対象の形を知覚するときには、影はかなり重要な役割を果たしているのです。また、脳が影を理解しているのは、単純に物が赤く見えるとかに比べると高次な作業をしていると言われています。色に違いがあるのだけれど、輝度に差がないような物を動かして速さ、時間、移動する距離を変えて、どのくらい動いていることを知覚できるかいという心理実験をしていました」

ニューヨークでサルを使った実験も経験

----次にニューヨーク大学http://www.nyu.edu/に移られたのは何かきっかけがあったのですか?

 「いろいろな所で勉強しようとマギル大にいる時にあちこちの先生に"ポスドクに行きたい"というお願いをして採用されました。サルを使った電気生理の実験をする研究室がニューヨーク大にあり採用されたのです」

----電気生理というと実際に生きているサルの脳を実験に使うのですか?

 「電気生理の実験というのは大きく分けると2つあって、行動実験をするために、手術してサルに電極を付けて行動観察しながら生理学的な応答を取るというパターンと、もう一つは完全にケージから出して、実験室で固定して麻酔下で実験するパターンの2通りあるのです。私がいた所では行動実験はしないで、サルの電極から得られる応答を取りました。

 マギル大にいた時に、脳の中にきっとこういう神経細胞があるはずだと思っていたので、それを確かめる実験をさせてくれるというのでニューヨーク大に行ったということです。結局、時間がなくて全部は終わらないうちに日本へ帰ってきてしまったので、神経細胞があるのかないのか結論はつかなかったのです」

----ダイレクトにKITに来られたのですか?

 「はい、KITに新しい学科が出来るのでとお誘いを受けました。今ここで、やっているのは、ちょうどマギル大にいたときにやっているような内容で、もう少し幅広く。学生がいるので自分がやりたいことだけでは難しいので。でも基本的には同じ、ヒトが物をどうみているかの心理実験。色という感覚が脳によってどのように創り出されるのか、また、色という情報が他の感覚にどのように働くかを科学的に明らかにしたいと思っています」

「モットーは楽しく暮らすこと」と吉澤教授 先生の研究履歴のお話はもちろんエクサイティングであったが、失礼ながら一番面白かったのは高校時代、文系の法学部志望だったのに現代国語がまるでダメで進学を諦めたというエピソード。かくいう筆者も現国は"まるでダメ組"。それが新聞記者になったのだから人生は判らない。

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