田中先生はKITでは少数派の文系出身。小学生の頃は現代音楽を愛好するというちょっと変わった少年だったという。でも、ご自分の興味について関心を持ち続け、今でも「真の創造性とは何か?」という本質的な問題を追求している。
——先生が心理学に進まれたきっかけは何ですか?
「私は都立大学(現・首都大学東京)の人文学部という文系出身です。最初の1年は学科に所属しないで、一般教養とかの授業を受けてから、いろいろ選んで2年目から決めるのです。哲学にしようか、心理学にしようかと迷って、結局心理学にしたのです。
やはり哲学は考え抜いて終わりな感じでしょう。心理学はもうちょっと実験したり、データを取ったりして、証拠を取ってやるので」
——心理学は日本では文系ですが、国際的には立派な理系、科学ですからね。
「そうですね。それが何かちょっと哲学よりは良いかなと。最後はそういう証拠があがるということで。もちろん、その前にも考えるプロセスというのがあります。心理学ではモデルを作ったりする部分もすごく大事なのです。それがないと実験も何も出来ないというのは後から痛感したのですけれども」
——先生は心理学の中で、どのような分野がご専門なのですか?
「僕は認知心理学なのですけれども、主にどちらかというと記憶とか、思考とかを対象にしています。人間が考えるとはどういうことか、そういったことに興味があります。もともと哲学をやろうかと思っていた時もあったので、脳の仕組みとか神経とか、そういう話よりも、やはり考えるとか記憶するとか、学習するとかといったことに関心があるのです」
——さらに具体的にはどのような研究ですか?
「ちょっと長くなるかもしれませんが、お話しましょう。もともと心理学をやる前は何か音楽をやりたいと思っていたのです。その時、音楽の趣味が友達と全然合わなくて、何でこんなに他の人と趣味が合わないのだろうと思い悩み始めたのです。
それは多分、音楽の聴き方とか、人によって好みとかいろいろあるではないですか。そういう個人差があってでしょうけど」
——へえ。先生はどんな音楽が好きだったのですか?
「クラシックですが、割と新しい時期のクラシックです。現代音楽とよばれている分野です。小学生ぐらいの時から聞いたりしていました。面白かったですし、心地よいというのもあったかな。やはり、すごくエキサイティングなところもあるし・・・」
——それはまた珍しい小学生ですね。そんな子供、初めて聞きました。ませた子がワーグナーのオペラを聞いたり、ビートルズに凝ったりするならまだ分かりますけど。
「そうですね。親も困っていました。他の子と趣味が合わないので」
——どうせ伺っても分からないでしょうが、どんな作曲家の音楽がお好きだったのですか? 私が知っている現代音楽の作曲家は武満 徹ぐらいですが。
「日本人だと、どうしても日本人の作曲家となりますよね。一番有名なのが武満 徹さんですが、同じ時期の湯浅 譲二さん( http://www.youtube.com/watch?v=07q2AN0JrLc )という人が好きでした。映画音楽などをよく作っておられます。あと、もうちょっと若い人で近藤 譲さん( http://www.youtube.com/watch?v=OXqqg7j9cPw )とか。
海外の作曲家もいろいろと聞きました。
でも同じ趣味の友人は全くいない。それで、同じ曲を聞いても、人によってどうしてこんなに違うのだろうと疑問を持ち出したのです。多分、人によって心の働きが違うからだろうと。やはり心の仕組みに興味が移っていったのです」
デタラメな言葉も日本語の規則に支配される
——でも先生の学位論文「無意味つづり産出課題における有意味語の影響」というのはあまり音楽とは関係なさそうです。
「学部から大学院まで、ずっと音楽の研究をしていたので、ちょっと行き詰まり感があって少し方向転換をしました。ちょっと変わった課題で実験をして学位もこれで取りました」
——「無意味つづり」とは何ですか?
「具体例で説明します。何か意味のない音の組み合わせを作っていただけますか?」
——では、アサピコ。
「それが無意味つづりです。でも分析してみると、アサは日本語として良くある音の組み合わせです。3字目はピですが、これは日本語としては割と少ない文字です。本当に意味のない文字の組み合わせをと作っていただいたのですが、やはり日本語の単語のルールに近いものを作ってしまうのです。
多分、何か新しいもの、アイデアをだすというときには、やはり何らかの制限というか制約がかかっていて、それが効いているので、なかなか新しいアイデアというのは簡単にはいかないというモデルです。それをすごく単純化して“でたらめで良いので文字を組み合わせて、できるだけ斬新なものを作って”とお願いしても、どのような文字を使っているか、どのような組み合わせかと調べていくと、結局日本語の性質とほぼ同じになってしまうのです」
——05年にKITに来られて、これからはどんな研究を進めて行きますか?
「私の関心は今までお話したようなことなのですが、なかなか学生にはその面白さが伝わらないので、ちょっと広げて記憶とか思考とかの関係とか、音楽の研究もちょっとやっていたので、音楽に興味のある学生を指導しています。
また最近はアート全般にもターゲットを広げています。美術やデザインを人間の記憶や認知的な仕組みから見ていくことはできないかと思っています。特に美術鑑賞をどうやって支援したら良いかという研究をやっています。一般的に人が絵画を見る時はそこに何が描いてあるかが分かると、それで終わってしまう傾向があるのです。絵を見てこれは花の絵だ、これは肖像画だ、で納得してしまう。でも描いた側は、そこにいろいろな仕掛けをしたり、メッセージのような情報を埋めているのです。本来、アート鑑賞するということは、それ自体、何かを発見するという側面があって、まさに創造的な活動だと思うのです」
普段、自分自身の心の動きを分析する余裕はないが、田中先生によると「ものを考える独特のクセが心の動きを支えている」という。思考の袋小路に入った人はこのクセを認識することで抜け出せるのかも知れない。