2011年は超電導現象がオランダで発見されてちょうど100年になる。超電導とはある種の物質を液体ヘリウム温度(マイナス269度=絶対温度4.2K)まで冷やすと電気抵抗がゼロになるという現象。電気抵抗がゼロになれば、例えば送電ロスはなくなり省エネは革命的に進む。また1986年にはマイナス243度(絶対温度30K)以上でも超電導が起きる高温超電導物質の発見が世界中でブームとなったこともある。現在までの最高温度はマイナス109度(絶対温度164K)である。小原先生は研究者としてのスタート時点から一貫して超電導と取り組んでこられた。
——最初は超電導の何を研究されたのですか?
「最初は超電導線の安定性、不安定性というものです。超電導線はその頃不安定だったのです。すぐに超電導ではなくなって常電導になってしまう。超電導マグネットが瞬間的に超電導でなくなると、どうなるかというと爆発のようになるのです。大きな魔法瓶のようなものに液体ヘリウムが入っていて、そこにマグネットがあるのです。電流で磁場を作っている。そのときに何かあった途端に常電導になったら、抵抗が一気に出て、熱がばっと出るのです。
そうすると周りの液体ヘリウムが熱でばっと気化してしまいます。そうなると広い実験室も一瞬にして真っ白になってしまう。山の中に霧が立ちこめて何も見えなくなってしまうのと同じ感覚です。大規模なものを、1回だけ経験したことがあります。
実験も含めて3年ぐらい、超電導線の安定性について研究し、論文を電気学会誌に投稿しました。」
——それがスタートですね。その後の応用は?
「いろいろなことをやりましたが、77年以来ずっとやっているのは磁気分離です。磁気力を使って、汚れた水や空気をきれいにしようという。普通の状態では磁石に吸い付けられるのは鉄などの磁性金属だけですが、磁場の中ではすべての物質は磁性を持つのです。それを強い磁力で捕まえるのが磁気分離です。この利点は濃度の薄いものを大量に高速に分離できることです。
今、実は一生懸命やろうとしているのは話題になっている除染関連です。福島原発から出た放射性物質が地上にあり、それを水で洗い流す除染作業が問題になっています。水にとけ込んだ希薄でしかも細かい放射性物質を磁気分離ならば確実にとれるのではと考えています。以前のつくばの研究仲間や大阪大、熊本大の先生達とアイデアを出し合っています。」
——福島の除染は社会問題になっているので是非実現させて欲しいです。
「この磁気分離による汚染除去は95年ごろから結構脚光を浴びて、国のプロジェクトでいろいろやったのです。一番大きかったのは科学技術庁で、その後NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)だとか。私は04年にKITに移籍する前に、原子力予算や、その前は科技庁の超電導マルチコアプロジェクトで環境ホルモンを浄化したり、地熱水の中のヒ素を取り除くなどの研究をしていました。」
「二次廃棄物が出ないのです。例えばコーヒーを入れるとき、ろ紙を使いますが、残ったコーヒー粉は一次廃棄物、ろ紙が二次廃棄物になります。一次は取り除きたい本来のものですが、二次は余計なものです。
原発で使った核燃料を再利用するための工場、再処理工場というのがあります。ここでは最初に核燃料を裁断して、熱硝酸で溶かします。そこから溶けない白金族を取らなければなりません。そうしないと後の工程に邪魔なのです。
これを取るときにどうやってフィルタリングしているかというと、直径30cm、高さ40~50cmの円筒形のセラミックスを使います。ここに白金族などの放射性ゴミを引っ掛けて除去しています。ところが、このフィルター自身が二次廃棄物、すなわち高レベル放射性廃棄物になってしまうのです。工場が稼動すると、これが週に2~3本出てしまうのです。それで、磁気分離を使えないかと研究しPRしてきたのですが、なかなか・・・。」
——もっと放射能のレベルが低いのも出来るのですか?
「あとは燃料貯蔵プールがありますね。あの水のなかに放射性粒子が混ざります。それを循環させたときに外部に出るのは困るので、こうした磁気分離を使えばきれいにできるはずです。実現していれば福島原発で外国の会社を呼ばなくても国産技術で出来たと思うのです。」
「一番良く使われているのは超電導を使わない方式で、製鉄排水の浄化に使われています。日本には100台前後あると言われています。製鉄所で自動車用の板を作りますね。それは圧延といって、水を流しながら、圧力をかけて薄くしていくのです。そのときに出る鉄の粉を、昔は大きな池に貯めて、そこで粉を沈殿させた後の上澄み水を再利用していました。しかし、それでは非常に大きな池を作る必要があったのです。
それを80年代にある会社が超電導をつかわずに普通の電磁石で浄化する方法を開発したのです。もともとはアメリカの技術ですが、用途は日本独自のもので実績があるのです。」
超電導との不思議な縁
——先生は大学院の後、電子技術総合研究所(電総研)に入られてすぐに超電導の研究を始めたのですか?
「実は私は電総研に望んで入ったわけではないのです。千葉大在学中に国家公務員試験に受かって、工業技術院というところの最終面接試験に行ったのです。そこで待っている間に人がやってきて“あなたは電総研を希望してくれませんか?”と言うのです。ここで“嫌です”と言ったら落とされると思い“良いです”と。
それで首尾よく入れたのですが、最初は“標準計測に行け。嫌なら辞めろ”と言われました。でも、長い間やってきた電力関連をやりたかったので、このときは“嫌です”と答えました。初任者研修終了間際に電総研企画室長から“君の気持ちは良く分かったから”と、超電導関連で電気機器をやってくれということになったのです。」
——それで初めて超電導と関わった?
「いいえ、最初に聞いたのは高校のときです。解説記事を友人が持っていて読みました。そして大学院のときは授業で超電導関連の英語論文を翻訳させられましたが、普通のニュートン力学ではないので訳がわかりませんでした。図書館で一生懸命調べて訳しましたが、よく合格点を取れたと思います。電総研で超電導をやれと言われ、“また、あれか”と思い出しました。世の中、何回も同じことが出てきますよね。」
磁気分離は寡聞にして初めて聞いた。ぜひ、除染に使えるようになって欲しい。