一般にはほとんど知られていないが強誘電体という物質がある。會澤先生はこれを使った新しい情報処理デバイスの研究を目指している。
——強誘電体とはどんな物質ですか?
「強誘電体というのは誘電体の一種です。誘電体は電圧をかけると内部にプラスを帯びた部分とマイナスを帯びた部分に分かれるのです。物質の中には多かれ少なかれプラスとマイナスに分かれる成分があって、電圧をかけると中でそういったプラスとマイナスに分かれる状態になります。それを分極といいます。
普通は電圧をかけないと、そういう状態にならないのです。ところが強誘電体というのは一度、電圧をかけて、その後で電圧をかけるのをやめても、その分極状態が残っているという性質があるのです。しかも、電圧をかける極性、プラスとマイナスを入れ替えると、その分極の向きも変わるのです」
ここで、會澤先生のご説明に加えて、もう少し誘電体について説明しておこう。テレビ、パソコン、携帯などの電子機器にはコンデンサーという部品が必ず入っている。電気を瞬間的に蓄える機能があるが、これは誘電体に電極を付けた構造をしている。誘電体は直流の電気は通さないので絶縁体と同じ意味で使われる。ガラスやセラミックス、プラスチックは誘電体だ。
——強誘電体はメモリーに使えそうですね。
「まさしくそうです。プラスとマイナスの向きの違いをデジタル回路の1と0に対応できるのです。また、電圧、電源を切ってもその状態が保たれていますから、いわゆる不揮発性メモリ、フラッシュメモリなどに置き換えられます」
——フラッシュメモリよりも性能がいいということですか?
「今のフラッシュメモリはトランジスタの中に電子が残っているか、いないかで、1と0を区別しています。問題点は書き換えの回数に制限があるのです。同じところをずっと使っていると動かなくなる。でも、回路的な工夫で実際はもっと長持ちします。強誘電体は全く別の原理なので回数の制限はありません。また消費電力が低く、より高速なデータの読み出し、書き換えが可能なのです」
——強誘電体はいつごろから研究が行われているのですか?
「強誘電体という材料は昔から知られてます。基本原理も40-50年前から分かっています。ただコンピュターのメモリにというのは90年ごろからの話です」
——具体的な材料はどんなものを使うのですか?
「ストロンチウムとビスマスとタンタルの複合酸化物です。既存のシリコンの半導体デバイスを作っていた製造ラインがそのまま使えるという触れ込みだったのですが、そんなにうまくいかないです。やはり材料が変わると、変な材料を入れたくないですから、新しいラインを作らざるを得なくなって、そうすると設備投資が必要です。となると、それほど安く作れないということです。
やはり専用の設備を持っているところがやはり最後に残って実用化までいきました。富士通さんです。ここは国家プロジェクトでやっていました」
——先生はもともと武蔵工業大学(現・東京都市大学)電気通信学科のご出身でした。何を勉強したかったのですか?
「私が学校へ行った頃はちょうどパソコンが出だした時なのです。NECのPC-8001とか。このあたりが個人で買えるようになりました。まだまだ高いのですが、何とか手が出せるぐらいになったのです。これを使ってプログラミングとかやりました。簡単なゲームを機械語で入れたりして。今はそんなことする人いないでしょうが。
大学の学科を選ぶ時に、電気工学と電気通信工学があったのですが、コンピューター関連ができると思って“通信”を選んだのですが、入ってみたら、そういうことができるのは電気工学科のほうでした(笑)」
——昔は大学の授業の情報は少なかったですから。
「それで“違うや”と思って大学院は電気工学科の先生に移りました。そこに東工大から来ていた講師の先生が光デバイスの研究をされていて、私はその先生についたのです。光を使った半導体素子を研究することになりました。半導体なのに光を自在の方向に振ることができるという独創的なものでした。その後、東工大に移り強誘電体で学位を取りました」
「最初はフッ素の高分子で強誘電性を示すものがあって、それを使って薄型のスピーカーを作ったりしました。
現在は回路の研究をしてます。強誘電体の中で自発分極という現象を示すものがあるのです。メモリーの時は分極が上を向いているか下を向いているかの二つしかなかったのですが、うまくやると中間の状態もあるのです。上向き80%、下向き20%みたいなものです。そうすると、デジタルではなくてアナログ的な使い方ができます。それを回路で応用して、例えば電力消費が少ない発振器などができないかと考えてます」
次世代の太陽電池も研究
——強誘電体以外ではどんな研究を?
「次世代太陽電池といわれる色素増感型の開発もしています。シリコンより安く、材料さえあれば中学生でも作れるのです。普通のガラスの上に電気を通すような透明の物質を塗っておいて、そこに酸化チタンの粉を使った光電極をおきます。そこに光を吸収するための色素を吸着させておいて、対向電極を作り、その間に電解液を入れて作ります。
電解液と色素と酸化チタンの光電極という3つの組み合わせが非常に重要です。原型は20-30年前からありました。光を電気に変える効率が昔は1%ぐらいしかなかったのです。ところが、それを10倍くらいに上げる工夫をスイスの研究者が発表して、世界中で注目されて開発が始まったのです」
「そうなのです。やはり昔に出ていたアイデアで当時の技術ではなかなか考えた通りには出来なかったのが、今、技術が進んで可能になったという話はいくらでもあるのです」
日本では古い技術をバカにして大切にしない傾向がある。しかし、會澤先生が指摘するように実はアイデアの宝庫だ。最先端を目指す研究者こそ歴史を学ぶべきなのだ。