五十嵐先生の経歴は簡単に書けば、「東京工業大学で博士課程を修了し富士通研究所に入り、07年にKIT教授に就任」とわずか2行で終わってしまう。しかし、富士通時代に企業人として携わられた研究、業務の内容は実に多彩だ。その多くの経験が現在の専門、情報セキュリティに役立っていると言う。
――大学では最初に何を研究されたのですか?
「三次元表示をやりたかったのです。今、映画で3Dがブームになっていますが、当時、ホログラムを使った方式が最先端で、実際にモノがそこにあるように見えてすごいなと思いました。それとは違う複眼レンズを使う方式を研究室でやらせてくれました。ところが、その複眼レンズのメーカーが撤退してしまい、研究も断念しました。
次に、超音波を使って金属や複合材料の特性を分析する研究をしました。ついで、その生体への応用です。現在では超音波で胎児の様子など体の中の映像が見られますが、形を見るのではなく、反射してくる超音波の質を量的に測ることで悪性のがんなのか良性の腫瘍なのか見分けようとしたのです」
――それはユニークな研究ですね。
「その論文を発表している時にたまたま富士通研究所の取締役が聞いていて、ちょうど富士通が医療部門に進出しようとしていた時で研究所に来ないかと誘われたのです。富士通と医療の結びつきはあまり聞いた事ないので、ちょっと考えていたら、"大丈夫、10年は続けるから"と言われました。そして本当に10年目に医療機部門から撤退してしまいました(笑)」
――それで先生はどうされたのですか?
「撤退する以前に、まず3年ぐらいやった超音波の研究が共同研究者との関連で実績が出ず、他の医療分野を探してくれと頼まれました。まず目をつけたのがMRI。富士通はやっていなかったので、やろうと提案して作る直前まで行きました。
ところが、神奈川県厚木にある別の研究所が、高感度のSQUIDを使った磁気センサーを作ったので、そのセンサーを使った医療機器を作らないかということになりました。そこで実際にセンサーを作って、あと磁気を遮るシールドルームとかも設計して作りました。先輩がいないので全部、自分たちで設計したので面白かったです。これは本格的な診断装置としてできるとこまでいきました」
「ちょっと家庭的事情があって御殿場に移る必要がでてきました。御殿場ならソフトウエアの開発部門がある沼津工場が近いので、そちらに行かないかと勧められました。そこで富士通研究所を辞め、富士通本体のソフト開発部門に移り最適化コンパイラの開発を担当しました
コンパイラというのは普通の言語、CとかCOBOLなどで書いたプログラムをコンピュータが理解できる機械語に翻訳するものです。ソフトの本当の基礎のところをやりました」
この後、五十嵐先生は富士通がアメリカの富士通子会社(Fujitsu Open Systems Solutions, Inc.)に委託して作らせていた「ワークフロー」ソフトを日本で製品化するため、現地に行きシリコンバレーで仕事をするという貴重な経験をする。ワークフローというのは一連の仕事の流れを円滑化するためのビジネス・ソフトだ。
――そのソフトは売れたのですか?
「これがなかなか売れなくて。作るだけでは駄目だ。現場に行ってなぜ売れないのか見て来いと。問題があるのだったら、ちゃんとフィードバックできるようにしようということで、ソフトウエア事業部が作った子会社の富士通ミドルウエアに行きました。ここではSEもやり、営業もやりパソコンも売りました。
この会社は親会社・富士通本体のシステムの構築や運用もやっていますが、営業の後はこの本体のシステムのSEになったのです。これは富士通の全社員のパソコンに中に入っているソフトがどういうものかを調べて、それをサーバーに通知するというシステムです。当時、約5万人いた富士通社員から毎日、情報が上がってくるのです。この種のシステムでは日本最大だったと思います」
――ようやく、ご専門のセキュリティに近づいてきました(笑)。
「そう。営業の会社なのでビジネス上、自分のところのセキュリティもしっかりしないといけない。最初は日本の規格でやり、続いて国際基準に切り替えて認証取得までいきました。ちょうど、その頃、KITからお話があり移ってきたというわけです」
地道に続ければ道は開ける
――セキュリティで大事なことは?
「セキュリティというのはどんなに強固なシステムでも、どこか1箇所穴があるとダメなのです。要するにいろんなことをトータルで考えて、コストを考えてヒト・モノ・カネの資源を配分してレベルを上げることです。学生たちはセキュリティというとすぐウィルス対策を連想するのですが、全体を見て考えないといけないと指導しています。
あと、人生何が起きるか分からないからあきらめるな。地道に続けていれば道は開けると強調してます」
五十嵐先生の歩んできた道を振り返ると、なんとも説得力のある言葉だ。