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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

自然に学び、利用する 大澤 敏 教授

カテゴリ:応用化学科
2009.07.30
 

応用化学科 大澤 敏(おおさわ さとし) 教授 大澤教授はもともと高分子化学が専門で、現在は生分解性プラスチックを中心とする幅広い研究を行っている。いろいろ話をうかがっていると、どれも興味深いものばかりだが、一番面白かったのはDNAを"材料"として使うという研究だ。

 DNA、デオキシリボ核酸は遺伝子本体として遺伝情報を保持している物質。現場に残された毛髪などごく僅かのものから本人を特定できるDNA鑑定は毎日のように新聞に登場し、「親の音痴のDNAを受け継いだ」など、DNAという言葉はすっかり日常にも浸透した。

 2000年のヒトゲノム解読以降、バイオや医薬品などで産業分野での応用も進んでいる。

 しかし、これらの話はすべてDNAの遺伝情報についてのいわば本流のお話。最近、注目されているのはDNAを、数億の分子量を持つ安定した超高分子という点に着目して材料として利用しようというものだという。DNAにとっては"傍流"のお話だが、新鮮で興味深い。思わぬイノベーションが出てくる可能性があるのでは。

――DNAをどのように利用するのですか?

 「DNAの構造を化学的に見ると二重らせんになっています。この構造の空いたところにダイオキシンなどの環境ホルモンが入りやすいのです。このことは以前から言われていました。分子構造が似ているので入りやすい。入ってしまうから損傷しやすいというわけです。だから毒になる。

 分子の形で説明すると、同じもの同士はくっつきやすいのです。水は水と溶け合い、油は油同士で溶け合いますが、水と油は溶けません。環境ホルモンとDNAは構造が似ているのです。

 だけど、それをむしろ積極的に材料として、有害物質を取り込む材料を開発しています。ただ、DNAは水溶性なので、これをフィルム化しないといけません。」

――DNAに吸着させて処分するのですか?

 「処分する方法は他の研究者がやっておられるので、私が目指しているのは吸着しては吐き出させて何回も使う方法です。

 DNAは2本の鎖が繋がっていますが、2本がファスナーのようにはずれて互いにも一方を複製することで生物は同じ子孫を残していきます。生き物の場合は酵素で開きますが、実は温度を60-70度に上げても開くのです。開けば間にあった有害物資は出て行きます。

 例えば、一つのビーカーに有害物質とDNAフィルムを入れて吸着させます。それを別のビーカーに入れて、温度を上げると、二重らせんが開き有害物質を出します。フィルムは出して冷やせばまたもとに戻ります」

――原料のDNAはどこから持ってくるのですか?

 「例えば、北海道ではサケの白子が産業廃棄物として大量に捨てられているのです。この中にはDNAが沢山含まれています。もともとは北海道大学の先生が目をつけて何かの材料に使えないかと」

開発中の材料を示す大澤教授 大澤教授の研究はDNAを単なる材料として使うのではなく、有害物資の吸着、除去という機能を持っているので、機能材料と呼ばれる。DNAの機能材料としてはこうした環境保護材料の分野の他、エレクトロ二クスやフォトニクス、バイオメディカルといった分野でもさまざまな研究開発が進められているという。

 DNAの応用研究といえば、どうしても遺伝子工学的な研究、膨大な遺伝情報をどう使うかという方向になってしまいがちだ。その遺伝情報を無視してDNAの持つ、複雑な生体高分子としての側面を利用するという考えはとてもユニークだ。

 大澤研究室ではその他、こうじ菌を使って有害物質ホルムアルデヒドを分解する材料を研究、開発中だ。

 「こうじ菌の菌糸は水の中でフワッと生きていけるわけではないのです。こうじ菌は大豆やお米などに絡みながら生きて栄養を取って、そしてその副産物としていろいろなアミノ酸を作り味噌や醤油がおいしくなるのです。その菌糸がくっつきやすいような微生物が住みかとしやすいような材料を生分解プラスチックなどで作ってやるわけです。

 あるいは竹で編んだものや、捨てられている紙と生分解を混ぜたような材料ですと、細かい穴が開いていてこの中に菌糸が入っていけるのです」

テーマが多岐性なのは自然の多様性から

 大澤研究室のテーマは実にユニークで幅広い。カニの甲羅に含まれるキチン・キトサン成分を活用した人工皮膚材料、野菜から抽出した天然色素の色あせ現象を逆利用した「時間経過が色で分かる食品トレー」などなど。

学生を指導する大澤教授 「研究室でいつも言っているのは自然に学び、自然から調達し、自然に還す中で、人間が有用なものを利用しようということです。これが基本的な考え方なのでテーマは多岐にわたってしまうのです。

 要するに自然のいろいろな現象や自然が作る物質、自然の機能を人間がまねをしてそこから持ってくるということです。その本質は古代から続いている人間の行為なのです」

 最先端の研究でもその本質は自然に学び、利用することだという。そこからテーマの多様性が生まれるというのは説得力がある。その中から社会を驚かすような役に立つ成果が出ることを期待したい。

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