今から25年近く前、米国の女性ジャーナリストらの書いた「America in Ruins:The Decaying Infrastructures」(瓦礫のアメリカ:崩壊するインフラ)という本が日本でも話題になった。先進国・米国の誇る橋や道路が経年変化と劣悪な維持管理の下で崩壊の危機に瀕しているという警告の書だった。著者は来日してゼネコンなどを講演に回ったのを記憶している。
こうした警告もむなしく、2007年8月ミシシッピ州の高速道路の橋が崩落、9人が死亡、100人以上が負傷するという大事故が起きてしまった。この橋は1967年建造の鉄骨トラス橋でちょうど補強工事が行われていた。事故を受けて日本でも国土交通省が調査を行ったが多くの自治体で橋の点検を行っていない事実が浮かび上がってきた。
実はこの大事故の起きる前から、米国はもちろん日本でも散発的にこうした問題は起きていたのだ。ただ、インフラは完成時には大々的に報道されるが、維持管理という地味な分野はマスコミでも注目されなかっただけなのだ。
しかし今や橋に限らず、古い水道管や下水、道路など土木・建築の維持管理は重要かつ緊急の課題として注目されている。
KITでも学生に人気の高いという宮里心一研究室はまさにこのインフラの維持管理、とりわけコンクリートを専門としている。宮里准教授は童顔でニコニコしていて、大学の先生というよりバイト先の先輩という感じが受けているのであろうか。
宮里准教授が土木を専門にしようと思ったきっかけは、高校時代にある。土木技師だった祖父の葬儀に故郷・沖縄に帰った。その時、参列者たちが口々に「おじいさんはあの橋を作った」、「あの道も手がけてくれた」と話してくれた。「亡くなった後でも人に喜ばれる仕事で良いな」と同じ職業を目指すことにした。大学で土木技術を学び、日本各地の港湾やダムの現場を見学して地域と結びついた、この学問にますます魅せられていったという。
このため宮里研究室は徹底した「現場主義」と「実験重視」である。
「できるだけ学生を現場に連れて行きます。現場で初めて具体的に問題を眼にすることができますし、担当の技術者と話し合える貴重な機会もあります。どんどん実験をさせますが失敗は許します。そして成果が出れば海外の学会で積極的に発表させて自信をつけさせるのです」
「現場」と「実験」を通じて学生を育てることに全力をあげているのだ。
高性能材の耐久性を実験
その成果の例の一つが「高性能繊維補強セメントの耐久性」の実験である。
「高性能繊維補強セメント系複合材料」(HPFRCC)はコンクリートの強度を増すため、微細な繊維を混ぜた材料。すでに一部で実用化されていて、08年7月に完成した飛騨トンネルなどでも使われている。この材料は力を加えた状態で複数の微細なひび割れ(マルチプルクラック)ができるが強度には影響がないことなどの特性がわかっている。宮里准教授らはこの高性能セメント系材料の塩害や中性化など耐久性に関する研究がほとんどないことに着目し挑戦した。耐久性も実証できれば、さらに広く使われる可能性が出てくるわけだ。
実験に使ったHPFRCCは長さ1・2cm、細さ12マイクロ・メーターのポリエチレン繊維を体積比1・3%混入させたもの。これで縦、横10cm角、長さ40cmの供試体を作った。内部には底から2cmのところに鉄筋が一本入っている。これと全く同じ構造で、普通のセメントで作ったものとの腐食の進む程度を比較すれば耐久性が分かる。
腐食の程度を計測するには、これも宮里准教授が開発した独自の方法がある。供試体に埋め込まれた鉄筋は実は1.5cm間隔に細切れに分断されていて、それがエポキシ樹脂であたかも1本の鉄筋のように繋がれているのだ。一本一本の断辺にはリード線でコンクリート外部と繋がっている。鉄筋の腐食とは、表面に腐食電池が作られ、そこに腐食電流が流れることで進行する。この断片ごとの電流を測定すれば腐食の進行具合、分布がわかるわけだ。
宮里准教授はこの2種の試験体に曲げる力を加えた上で、濃度3%の塩水に2日間漬けその腐食電流の強弱を測定した。その結果、普通のコンクリートには外力で大きなひび割れが入り腐食電流もそこの箇所で大きく流れていて腐食が進行していることが分かった。これに対し高性能セメント系材料もひび割れが入るが、細かいために小さな腐食として分散しているため、腐食の進行が遅いことが確かめられた。
宮里研究室ではその他、既存の土木構造物のコンクリートに小さな穴を開けるだけで、腐食電流を計測する非破壊検査法を開発し、七尾港や北陸自動車道などの現場で計測を行っている。「腐食の季節変化などの目だった特徴が出てくれば良いのですが、まだ、そこまで行っていません」と宮里准教授。
宮里研究室はこうした実験結果を学生たちに海外の学会で発表させている。学生にやる気を出させる模範的な研究室で文句のつけようがない。が、しかし、天邪鬼なジャーナリストとしては今一つ物足りない。若くてパワーがあるのだから、素人があっと驚くような研究も手がけてほしい ちょうど、新聞を読んでいたら、某大学が宇宙線を利用して鉄筋コンクリートの透視成功の記事が載っていた。土木は地味な分野だ、スタンドプレーは必要ない。しかし、元気な宮里研究室にはこうした思いもよらない研究にも挑戦してほしい。