「もともとはCRTが専門で、こんなものを作ったことがあります」
インタビューの冒頭で工学部電気系、情報通信工学担当坂本教授が遠慮がちに見せてくれたのは、携帯端末を一回り大きくしたような厚さ約2センチの平たいガラス製の装置だった。
CRTはcathode ray tubeの略で要するにブラウン管のこと。ブラウン管は長い間TVやパソコンのディスプレイの王者として君臨してきたが、奥行きのある構造で場所をとることが嫌われて、液晶やプラズマにその座を奪われそうになっている。それがどうしてこんなに薄くなるのか?
「CRTの電子の源は点ですが、これは線になっているのです」
電子の源が"線"になっている?!
そのようなCRT、聞いたこともなかったが、現に目の前のここにある。
"線"源から出た電子は上下の偏向電極で集束、制御され蛍光体を付けた陽極で画像を結ぶ仕組み。非常に面白い独創的な設計で、聞いているだけでわくわくしてきた。
――しかし、これで画像が映るのですか?
「当時、研究を手伝っていた学生も、先生これで映るわけないですよと言っていたのですが、実際に画がでるとオーッと驚いていました」
坂本教授が1984年に発表した「HAVD形 CRT」(horizontal address vertical deflection flat CRT)と呼ばれるもので、縦約3cm、横5cmのディスプレイにTVの白黒画像が再生できた。今回は残念ながら、実際の映像は見ることができなかったが、当時の写真を見ると鮮明な映像が映っている。もちろん回路を準備すればいつでも再生可能という。
「HAVD形 CRT」は構造も極めて簡単で学会や専門誌で注目された。ただ大型化とカラー化が難しかったため実用化にはいたらなかった。
「当時、CRT研究の世界的権威がこれは良いと誉めてくれたのですが」と坂本教授は今でも残念そうだ。
技術の流れは一筋縄にはいかない。何時いかなる形で、平面CRTの技術・アイデアが蘇ることになるかは誰もわからない。坂本教授のように過去の研究はきちんとモノとして保存すべきなのだ。
坂本教授が現在取り組んでいるのは、3次元(3D)ディスプレイの開発。
特殊なメガネをかけたり、立体写真のホログラフィ技術を利用したりするなど、さまざまな種類の形式があるが、坂本研究室のディスプレイはLED(発光ダイオード)の光源を線状に並べたものを、さらに平面状に広げ、それをモーターで物理的に回転させて、残像効果で立体像を浮かび上がらせるという仕掛けである。
わかりやすく言うと、夜の事故現場で警察官が光の棒を振ると、「止まれ」の文字が闇に見える道具があるが、あれと同じ原理である。
「奥行標本化式ディスプレイ」と呼ばれる方式で、60個のLEDチップを並べた線状の基板を48枚、平面状に並べてある。坂本教授がスイッチを入れると青いペンギンと小さな傘の画像が浮かび上がってきた。ペンギンの丸っこい体が愛らしく、傘も下から見ると中に空間があることが分かる。いかに高精細な平面ディスプレイでも表現できない、立体独特の訴求力ある装置である。しかし、まだまだ既存メディアの表現力には遠く及ばない。さらなる開発が必要だろう。
――商品宣伝のディスプレイとしてなら、注目を集めるのでは?
「現実に数社から引き合いがきています。現段階では静止像ですが、次はこれを動画にしたいと思っています。となると、多くのデータをディスプレイに送らなくてはならないので、無線で送る方法を開発中です」と坂本教授。
LED照明も研究
教授が他に取り組んでいるのがLED照明のための駆動回路の研究だ。LEDによる照明は蛍光灯より消費電力が少なく寿命も長く、また有害な水銀も使わないため次世代照明として注目されている。すでに信号灯などでは普及していて、家庭やオフィスにも浸透し始めている。
ただ本格的な普及へ向けて問題は残っている。電球型蛍光灯と比べて約5倍という高価格もそうだが、LEDの特性は非線形なので、白熱灯のようにただ並列に繋いだだけでは安定性が悪くなってしまう。また、スイッチを入れた瞬間だけ、大量に電流が流れる突入電流を防止する必要もある。
坂本教授はこうしたLED照明の特性を踏まえたうえで、フォト・トランジスターを使った独自の回路を開発し目下、特許を申請中だ。
ただLED照明は08年8月シャープが工場、オフィス用の分野に参入を表明するなど、大手メーカーの進出が著しい。隙間を狙ってどこまで独自の技術を発揮できるか、これからが正念場だ。