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小泉成史 (こいずみ せいし)
早稲田大学理工修士。1974年読売新聞入社。1984年マサチューセッツ工科大学ヴァヌ―バー・ブッシュ・フェロー。米国歴史博物館客員研究員。2002-06年テレビ朝日コメンテーター。03年より金沢工業大学客員教授。著書「おススメ博物館」(文春新書)など。

2009年04月 アーカイブ

  建築デザイン学科 蜂谷 俊雄 教授 このブログ形式のインタビュー、KITの研究者をウエッブで幅広く紹介していくのが狙いだ。しかし、蜂谷(ハチヤ)教授には開口一番、こう言われてしまった。

 「研究紹介ということですが、私は研究者では決してないと思ってます。一度も自分を研究者だと思ったことはないですね」

――デザイナーだと、研究者とは違いますね。

 「自分は社会へ出てからいろいろな建築を作ってきた。その建築のデザインをする熱い気持ちとか技術を、今のKITの学生さんに伝えて教えてあげたいなと。また、大学院に進んだ学生には、私はかって国際コンペを取っているのですが、そういうノウハウを含めて教えてあげたいなという気持ちできているわけで。工大へ来て何か研究してますかと言われると・・・」

 理系大学の中で建築デザインという分野は明らかに化学や機械等の他学科とは異なっている。今まで、このブログで紹介してきた工大の他の先生方は、自分が「研究者」と呼ばれることに違和感を唱える人はいないだろう。建築の中でも構造や設備は他の工学分野とほとんど同じだが、デザインは「美しさ」というか「芸術性」というか、実験や理論だけでは片付かない何かを抱え、「作品」がすべてだからだ。こちらも、つい「大学の先生=研究者」と思い勝ちだが、確かに実作者である建築家を研究者と呼ぶのは無理があるのかも知れない。となると、単にデザイン活動だけしているところを「~研究室」と呼ぶのも本来はおかしいのだが・・・。

 蜂谷教授は大学院修了後、日本を代表する建築家・槇文彦氏の設計事務所に勤務した。槇氏の有名な作品としては「代官山ヒルサイド・テラス」、「慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス」や「テレビ朝日」などがある。槇事務所にいた20年以上の間で蜂谷教授が関わったプロジェクトは京都国立近代美術館や福井県立図書館など多数ある。

機械工学科 新谷 一博 教授 宇宙飛行士・若田光一さんが現在(2009年3月22日)、国際宇宙ステーションで日本人として初の宇宙長期滞在に挑戦中だ。宇宙飛行士の健康問題で最も重要なものの一つが「骨」。多くの飛行士は長い間の無重量空間滞在で骨に問題が生じ、地上に降りてくると歩けなくなってしまう。

 というのは、人間の骨は荷重がかかっている中で、骨を新しく作っていく骨芽細胞と古い骨を破壊していく破骨細胞とのバランスで成り立っている。ところが荷重がかからないと、生体はこの骨は不要と判断し、破骨細胞ばかりになってしまい、骨がもろくなってしまうのだ。

 新谷教授は機械工学科の研究者でありながら、目下この人間の骨の代替物を研究中だ。特に股関節の病気の人に使われるものを開発している。股関節は立っても歩いても一番体重のかかる部分で、ここがダメになると寝たきりになってしまう可能性が高いという。寝たきりになると、体全体の骨に体重がかからなくなり骨が弱くなってしまう。

――どうして、機械科の先生が股関節の代替物に係わるようになったのですか?

 「私も年寄りなので腰が痛くなって整形外科に通うようになりました。ある時、他の患者さんの強烈な悲鳴を聞いたのです。医者に聞いたら、その患者さんは変形性股関節症ということでした。この病気は痛みが激しく、中には"もう死にたい"と言う人もいるほどとのことでした。そこで私の持っている金属加工技術が役に立たないかと思ったのです」

――変形性股関節症とはどんな病気なのですか?